哲郎は彩奈の口から出た言葉に一瞬たじろいだが、すぐに彼女の真意を理解した。
鴻琴が始末される事を良く思わなかった彩奈は鬼門組に何らかの方法で暗殺が起ころうとしている事を伝えた。そして鬼門組の作戦に同行する事になったのだ。
しかし、それだけでは分からない事がある事も事実だった。何故彼女の口から『病院』などという単語が出てきたのか。それを知らない訳にはいかなかった。
「分かりました。だけど何でそれで病院に行く事になるんですか?」
『あ ! 言 い忘 れ てま し た。 実 は━━━━━━━━』
*
十数秒のたどたどしい説明だったが、哲郎はその説明で帝国には《蕺喬》という凄腕の女医が居る事、鴻琴が治療の為にその病院に移される事になった事、彩奈がその病院に行く事になった事を理解した。
「…………分かりました。じゃあそっちは任せます。頑張ってください。」
『は い…… …』
彩奈との通話は唐突に終わった。
数分の通話だったが、哲郎はこの内容が自分の状況を大きく変えるものである事を既に理解していた。
蕺喬の存在や鴻琴が病院に行く事も大きいが、一番重要な情報はやはり彩奈が病院に行く事だ。哲郎はそれが意味する事を理解していた。
それは即ちもう彩奈と通話できないという事だ。
(……あの地図はちょっと見ただけだけど、確か陸華仙と大きな病院(多分そこが蕺喬っていう人の病院だろう)は反対方向にあった。
で、今陸華仙に居る彩奈さんと僕は魔法具で話せるぎりぎりの距離にある訳だから、彩奈さんが病院に行くって事はつまりもっと僕より離れる事になる。
って事は、もう通話の魔法具で話せなくなるって事だ………。)
恐らくだが、彩奈もそれが分かっているからこのタイミングで最後の通話をしてきたのだろう と、哲郎は推測した。
そして哲郎は、先程手に入れた日記の情報を敢えて明かさなかった。決して鳳巌の言いつけを守ったつもりは無いが、それには明確な理由があった。
最も大きな理由は、彩奈には病院での活動に集中してほしいという事。下手に情報を渡して混乱させてしまうと、最悪の場合命の危険もある。その病院に珂豚が差し向けた暗殺者が来る事は目に見えているからだ。
(多分だけど、(彩奈さんの口から)暗殺の事を聞いたなら、鬼門組の人達も病院に警備のために行っただろう。ならきっと大丈夫だ。
仮にも僕と同じ《転生者》の彩奈さんなら、能力を使えばそうそう危ない事にはならないだろう。
……まぁ、そうならない事が一番だけど……………………)
哲郎が彩奈の危険の次に懸念している事が帝国民に《転生者》の事が明らかになる事だ。
それは即ち帝国に混乱を招くだけでなく、敵の《転生者》に余計な緊張を与え、思いもよらない行動を取ってしまう可能性がある。
(まぁ、エクスさんやオルグさんは能力を魔法だって言ってごまかしてたから、彩奈さんもその方法を知っている筈だ。
彩奈さんにそんな高度な事が出来るかは分からないけど…………………)
そこまで考えて、哲郎はこれ以上彩奈の事を考えるのは無駄だと考え、思考を切り替えた。
しかし、哲郎の懸念は限りなく非現実的なものに
***
《彩奈の通話の数分前》
(……………とてもではないが、あの娘一人に任せる訳にはいかんな。
こういう時の為にこそ、儂の能力は存在するのじゃ。それに、此処で活躍すれば或いは………………)
自分に宛がわれた部屋の中で自分の能力を入れ物の中に
その人物は入れ物の中に一杯になった《能力》を
そしてその人物は、自分の身体にある文字を書いた。
それによってその人物の姿は変化した。正確には、他の人物の自分への認識を
その行動の理由はただ一つ。誰にも怪しまれずに病院に向かう為だ。
(………此れで儂の姿は鬼門組の人間に見える。
彩奈が身体を張っておるというのに、儂だけがこの中で燻っておれというのか。冗談ではないわ!)
部屋の外に誰もいない事を確認してからその人物は部屋から出て、鴻琴を乗せて病院に向かおうとしている車に向かった。
そしてもぬけの殻となったその部屋には
(……此れで奴等は此れを儂じゃと思う。かなりの量を搾り出したが、其れに足る値打ちはあろう。
否、値打ちは此れから作るのだな。彩奈の奴に助力する事でな………………。)
その人物は本来部屋から出る事を禁じられているが、この場に居る人間は全員、それを認識する事は出来ない。部屋から出たのは鬼門組の誰かであり、部屋にはその人物が居ると誤認させられるのだ。
その丸太には、黒い文字でこう書いてあった。『虎徹』と。