大病院《蕺》にて、彩奈は依然として苺禍の隣に座っている。そしてその緊張した状況の中でもその時間は刻一刻と迫っている事も心の中では理解している。窓の外では空が赤く色付き始めていた。
「……………綺麗に思うか?」
「えっ!!?」
「この時期は空気も澄んで雲も少ないから夕焼けも鮮明に見える。故郷では空なんか見ている余裕は無かったんだろうな。」
そこまで言われて彩奈はようやく苺禍が夕焼けの話をしている事を理解し、そして今自分は田舎町から出てきた娘《杏珠》を演じている事を再確認した。
「あ、はい!
ただ、この病院じゃ他に見るものも無いから見ていただけで━━━━」
「この状況を暇だと考えているなら、とても君にこの手の仕事が向いているとは言えないな。」
「!」
「………だが、この状況なら窓の外に気を向けておくのは賢明な事だ。
それこそ、今この時に不届きな輩が乗り込んで来るかも分らんからな。」
「え!? いやまさか!
殺し屋とかそういう人が来るのは夜になってからじゃないんですか?」
彩奈にとって『殺し屋』などという情報は決まって創作物を介して入ってくる。その中では殺し屋は決まって夜、皆が寝静まった時に暗躍するものだと決まっていた。
しかし、苺禍の発言はその先入観を否定するものだった。
「そんな決まりは存在しない。夜だけに狙いを定められるならこの国の犯罪はもっと検挙出来ている。それにだ、」
「それに?
! ま、まさか居たんですか!? 昼に活動していた犯罪者が!!」
「ああそうだ。少し長くなるがそれでも良いなら話そう。私が初めて担当した連続殺人事件の話だ。」
***
時は今から二年程前に遡る。
首都 豪羅京にて、経済運営に関して高い地位を持つ人間達が立て続けに五人殺害された。この事件の奇妙な点は被害者の死亡推定時刻が全て正午から昼方にかけてなのである。
この奇妙な事件の第二の被害者《
「………………ええ。確かに見てました。一部始終を、一瞬も目を離さずに。
あの時、旦那様は料亭で取引先の方と一緒に会食をしておられたんです。はい、魚料理で有名なあの料亭です。
事は旦那様が厠に用を足しに行った時に起こりました。数十分経っても戻ってこない事を不審に思った私は、様子を見に行きました。するとです、厠の入り口の側で旦那様が首から血を流してこと切れていたんです!!
私ですか? もちろん潔白が認められましたよ。何せ私は旦那様が厠に立った時はずっと料亭の中に居たんですよ!? どうしてついて行かなかったのかですって? それは旦那様の指示ですよ。『厠にまで干渉されるなんて冗談じゃない』って仰っていました。それに料亭から誰かが出ないかを見張る方が合理的だと判断しましたからね、疑いはしませんでした。
でね、鬼門組の人達が妙な事を言うんですよ。その料亭には、旦那様が入る前も入った後も、不審な人間が出入りした形跡は全く無いと言うんですよ。」
***
「………以上が事件関係者からとれた証言だ。」
「…………つまり、犯人は姿を消してしまったという訳なんですか?」
「その通りだ。因みにだがその時料亭に居た人間には全員潔白が認められた。そのとき一人だった人間は一人も居なかったんだ。」
「そ、そうなんですね。(この国に『アリバイ』って言葉は無いんだ………………。)
それで、どうなったんですか? 解決はしたんでしょう?」
「無論だ。何の事は無い。犯人は変装術を利用して暗殺を成功させていたんだ。
犯人は《
彩奈は次第に事件への興味を持ち始めていた。それは単なる好奇心からではなく、この話を聞く事がこれから起こるであろう修羅場を乗り越える鍵になり得ると考えたからだ。
「……その事故というのは………………」
「所謂火災だ。その事故で奴の両親は死に、奴の顔は焼け爛れた。少なくとも私は、それが奴が殺しの道に進むきっかけになったのだと考えている。
まぁ話は少し脱線したが結局何が言いたいかと言うと、白昼に活動するような輩も居るから油断はならないという事だ。奴等の心理を読むならば、星や月が昼の光で隠れるのと同じように、凶行を昼の明かりが隠す事もある。だからこそ私達は昼だろうと夜だろうと油断してはならないのだ。
何の罪もない人間が昼も夜も命を脅かされる恐怖に震える世界など、悪夢以外の何物でもないだろう。」
「………………………!」
苺禍のその言葉に、彩奈は違和感を覚えた。彼女の横顔に別の感情を見出した。
「………………もしかしてそれって、般儺という人だけの話じゃありませんか?」
「………………どういう意味だ。言っておくが鳳巌の事を言っているならばそれは全くの的外れだ。
奴に殺しの道に進むきっかけなどある筈がない!! そんなものがあってたまるか!!
奴は根っからの外道だ。否、そうでなければならない!! そうでなければな…………………!!!」
本当は『昼も夜も』の部分に掛けた話を振ったつもりの彩奈だったが、その指摘の言葉を飲み込んだ。それが出来なくなる程に苺禍の表情は鬼気迫っていた。