彩奈は苺禍の鬼気迫る横顔を見つめていた。そしてその表情の意味する所は彩奈が予測するまでもなく苺禍の口から発せられた。
「鳳巌の奴は根っからの腐り切った外道だ!!! そうでなければならない!!!
そうでなければ奴に殺された罪無き人達の魂が浮かばれないッ………………………!!!!」
「……………………!」
苺禍の表情は最早
「今迄奴に殺された人々は百や千にも届き得る!!! そしてそれによって多くの人々の人生は崩壊した!!!
それに見合うだけの境遇や切っ掛けがあると思うか!!? 断じて否だ!!!!
そんな事があってはならない!!! ならないんだ!!!」
「騒々しいぞ苺禍。此処は病院であるぞ?」
『!!!』
半ば理性を失いかけて言葉を連ねていた苺禍と彩奈に蕺喬が声を掛けた。
「し、蕺喬!! 何故此処に!? 業務は山積みの筈でしょう!?」
「戯けが。妾が己の業務を後に回すと思っているのか。全て終わった後じゃ。
して、随分と
「!!!!」「!?」
蕺喬のその言葉で苺禍の表情は目に見えて青ざめた。彩奈はその言葉の意味も分からず、唯呆然としているだけだった。
「い、苺禍さんの言葉が的外れって、どういう意味ですか!?」
「何じゃ知らんのか。此奴等は若き日の鳳巌の事を良く知っておる。何故なら奴は凰蓮の━━━━━━━━
!」
蕺喬が言葉を重ねようとした瞬間、苺禍が立ち上がって蕺喬の前に立った。
「えっ!!? ちょっと何してるんですか!?」
「その先を言う事はたとえ蕺喬様だとしても許す訳にはいきませんよ。軽はずみで無責任な言動は慎んで下さい。」
「……………もう二度と貴様等がいたぶった奴等を診てやらんと言うてもか?」
『!!』
苺禍はその言葉に顔を青くさせた。今の自分の行動が鬼門組の命運を大きく分けるのだ。
しかし蕺喬は苺禍の表情を見ると表情を緩めて笑い声をあげた。
「はっはっはっはっは。冗談じゃよ。帥がそう思い込みたくなるのも無理はない。
叔父を徒に殺された帥ならばな。」
「!!!」
蕺喬の言葉で、苺禍の表情は汗を浮かべた引き攣った顔に変わった。それは彩奈もまた然りだった。
「ど、どういう事ですか!!? 苺禍さんの叔父さんが殺されたって━━━━!!!」
「言葉の通りじゃ。此奴の叔父も鳳巌の犠牲者の一人じゃよ。奴が起こした《強盗殺人事件》のな。帥の口から話すとよい。事件の内容を話す事は慣れたものであろう?」
「………………………
はい………………。」
***
今から約二十年程前の事、帝国では違法賭博場を狙った連続強盗殺人事件が発生した。容疑者として浮かんだのは鳳巌であり、推測された動機は金目当てであった。
手口は非常に凄惨であり、見張りの者も警備の者もその手に持った薙刀で斬殺し、賭博場に押し入ると職員も客も纏めて殺害し、その場にあった金を纏めて奪って逃げるというものだった。
悲運にも苺禍の叔父もその賭博場に居合わせ、胴を切り離されて殺害された。
***
苺禍の口から語られる凄惨な内容を彩奈は息を飲んで聞き入っていた。度々意識しなければ、それが作り話ではないのかと錯覚しかける程に信じ難い内容だった。
「…………………私が話す事は此れで全てだ。」
「………………………!!!」
「まるで信じ難いというような顔じゃな。じゃが事実じゃ。金欲しさに奴は殺しを働いたのじゃ。尤も、殺されたのは金に汚い連中ばかりじゃがな。」
「!!!!」
「!! ちょ、ちょっと蕺喬さん!!」
蕺喬のせせら笑うような物言いに彩奈は不穏なものを感じ取った。場合によっては今度こそ苺禍の感情が溢れ出す可能性すら予測した。しかし、苺禍は拳を握り締めるばかりだった。
「………………確かに、私の叔父は法に背いてまで金を求めるような汚い男でした。輩に『自業自得だ』などという言葉を受けた事もあったが、それも否定はしない。
だが、命を奪われるまでの罪だとは微塵も思っていない!!! 何より叔父を殺した鳳巌が何の罰も受けずに生きている!!! 其れが何より我慢ならない!!!
だからこそ私は奴を捕らえると決意したんだ!!!」
「あ、あ、あの、待って下さい!!
そんな事私に言われてもどうとも言えませんよ!」
「!」
感情を吐き出し始めた苺禍を彩奈の言葉が押し留めた。直ぐに彼女は感情をぶつける相手を間違えた事を理解した。
「………………す、すまない。取り乱してしまった。
だが、奴を許さないのは本心だ。奴を捕らえて裁きを受けさせる。その為なら私はどんな努力も惜しまない。」
感情の波が凪いでも尚、苺禍の言葉には強い意思があった。それを傍目で見ていた蕺喬も口を挟む。
「……………その事件で賭博業界は殺される事を恐れた客が頻発し大きく衰退した。それを恨む声が妾の耳にも入って甚だ五月蠅かった事を覚えている。その借りを返すくらいならしてやっても構わんよ。」
「………………………」
彩奈、苺禍、蕺喬の三人は扉の前で話し込んでいる。そしてそうしている間にも決戦の時は刻一刻と迫っている。