異世界に適応する少年   作:Yuukiaway

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#298 Kingfisher In The Sunset 1 [Elusive]

時は日が傾き始めた正しくその頃、その人物(・・・・)は木の上から病院の窓を覗いていた。望遠鏡越しに見ていたが程無くしてそれも無駄な事だと悟る。その人物の目に見えたのは窓に掛けられた一枚の布だけだった。外部に視覚情報を漏らす事を未然に阻止しているのだ。

 

((どくだみ)の構造から見ても、鴻琴とかいう爺があの場所のどこかに入れられているのは間違いない。あの辺りで取り調べ(拷問)された人間が治療されているのは何度も見てきた。間違いなく鴻琴はあの辺りのどこかに居る。

必ずその寝首を掻いてやる。暗殺者《簸翠》の名にかけてな…………………)

 

木の上から大病院《蕺》を覗いていたのは珂豚から鴻琴の暗殺を依頼された暗殺者《簸翠》である。彼は今回の依頼を普段とは違うものであると考えていた。それは異様なまでの《早さ》である。

珂豚から依頼を受け、その日の内に実行に移すというこの状況は異常と言える。通常は最低でも数日は準備期間を設けるのが通例だ。それが通用しないが故に簸翠は下準備を必要としない方法を選択した。それが病院に潜入して寝首を掻くという方法だ。

 

(あの辺りの病室は決まって個室ばかりだから確実に一人だけを狙う事が出来る。鬼門組の連中は窓や入り口を見張ってれば問題は無いと考えてるだろうが、そりゃ甘い考えだ。お前らが知らない事がある。それを使えば簡単な事だ。)

 

蕺喬が経営する《蕺》は様々な分野の重要人物が入院する大病院であるため、その分警備も厳重となっている。数日を掛けて入念に計画を練るならばともかく、依頼を受けたその日の内に潜入、暗殺を実行できるとは考えていなかった。しかしそれでも簸翠には潜入できるという確信があった。

程無くしてその時は訪れた。

 

(━━━━よし、そろそろ頃合いだな。この中途半端な時点(・・・・・・・)を待っていたんだ。奴等の警戒が次に向いている(・・・・・・・)であろうこの時点をな。)

 

太陽の半分が山に被っている光景を見ながら簸翠は心の中でそう呟いた。現在は日が傾き、夜になる直前。その時点を簸翠は暗殺の成功率が最も高くなる時間帯であると判断した。

暗殺者が最も活動的になる夜の直前(・・)であるこの時点は警備に当たっているであろう鬼門組の警戒は『あと少し(・・・・)で襲撃してくるであろう』という状態にあり、それは即ち『()襲撃してくる事は無い』という心理状態を意味する。

中には真昼間を選んで行動する物好きも居るが、その時間は前例があるが故に選ぶ事は出来ない。

 

そこまでの思考を目的の場所(・・・・・)に移動しながら完了させ、簸翠の暗殺は遂に実行の段階に入った。

 

*

 

(………………差し当たってはここが一番良いか。ここから入って(・・・・・・・)、その後に探せば………………)

 

簸翠が移動したのは病院の屋上だった。その位置は先程彼が見ていた窓の真上に位置する場所だ。覗いていた時にこの場所に警備の人間が居ない事は確認済みである。しかし屋内に通じる扉をくぐる事はしなかった。屋内に入った所を狙っている警備が居る可能性があり、それ以前にもっと安全な入り口を簸翠は持っているからだ。

 

(………過去に何人も俺の正体を探っていた奴は何人も居た。だが、その誰もがこいつ(・・・)に辿り着く事は遂に叶わなかった。

天が俺に与えてくれたこの力(・・・)をな!!!)

 

簸翠は手に魔法陣(・・・)を浮かべ、それを屋上の床に張り付けた。次の瞬間には屋上の床ごと魔法陣が消え、床に大穴が開く。しかし屋上を破壊した訳ではない。

そうしてできた穴を簸翠は悠々と潜り、猫のようにしなやかな足さばきで音も立てずに着地した。

 

(ここは天井裏か。ふっふっふ。だが、鬼門組の連中は俺がこうして侵入した事にさえ気付いていない。俺の手に掛かれば侵入した痕跡さえ残らないんだからな。)

 

自分の周囲に人影が無い事を確認した簸翠は魔法陣を解除した。するとたった今簸翠が通った大穴が綺麗に消え、そこには元通りの天井があった。これこそが簸翠が暗殺を成功させた理由である。

簸翠は空間に干渉する妖術(魔法)使いなのだ。彼の魔法は壁や天井に一時的な通り穴を開通させる効果を持つ。

簸翠にとって幸運だったのは、鬼ヶ帝国には外国とは違って魔法の認知が浅く、魔法を使用した場所に残る《魔素》という物質の存在が認知されていない事である。無論、簸翠が請け負った暗殺事件はその殆どが不可解な密室殺人事件として帝国の記憶に深く刻まれている。それでも鬼門組の捜査が簸翠に辿り着く事は無かった。

 

即ち簸翠の正体とは魔法を悪用しどんな警備も潜り抜ける神出鬼没の暗殺者なのだ。

 

(さて、床から聞こえる音から見ても今は近くには誰も居ない。あと二、三回床をぶち抜けば鴻琴の首に辿り着くか………………。)

 

自分が鴻琴の寝首を搔くその光景を脳裏に描きながら簸翠は再び床に妖術を発動させる。今こうしている間にも帝国の未来を左右する暗殺事件は始まろうとしている。

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