異世界に適応する少年   作:Yuukiaway

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#299 Kingfisher In The Twilight 2 [The Invisible Blade]

帝国の裏社会に君臨する暗殺者《簸翠》の正体

それは壁や天井に穴を開ける妖術(魔法)を駆使し証拠も痕跡も残さずに堂々と暗殺を成功させる神出鬼没の男だ。

かつての帝国には諜報や用心棒を請け負う《忍》という職業が存在していたが、その中には暗殺に手を染める者も居た。簸翠を含めた帝国の誰もが知らない事だが、簸翠はその種の忍と酷似していた。

 

(…………さて、確か陸華仙から入れられた奴等が入院してるのは五階から三階だったな。

とはいえこの下には流石に警備の奴等も居るだろう。なら、こいつの出番だな…………)

 

心の中でそう言って簸翠は懐から小型の道具を取り出した。それは小さな胸章(バッジ)の形をしていた。それを胸に付けると、簸翠の姿は突如として消えた。正確には簸翠の身体に周囲の風景を投影したが故に発生した現象だ。

帝国では魔法具の事を『妖術を込めた道具』という意味を込めて《妖具(ようぐ)》という名前が付けられている。簸翠が胸に付けたのは周囲の景色を投影する事で自分の姿を疑似的に隠す、光学迷彩の妖具なのだ。そして簸翠にとっては暗殺を成功させるための下準備はそれで十分なのだ。

 

自分の姿を隠したまま、簸翠は階段を下りる。しかし警備の者の耳には何の音も入らない。簸翠程の人間がその気になれば足音を全く立てずに移動する事は造作も無い事である。故に簸翠にとって必要なのは視覚情報を偽装させる、その程度の小細工で十分である。

 

(不要に焦る必要はない。連中は『もうすぐ(・・・・)暗殺者が此処に来る』という思考に陥って、『()暗殺者が来る事は無い』と考えている。ゆっくりで良い。慎重に奴を探してその首を狩れば良いんだ。)

 

簸翠にとっては神経を使うこの行動さえも毎日のように繰り返している手慣れた行為なのだ。

 

 

 

***

 

 

 

「━━━━こちら四階 西階段。異常はありません。」

『了解。こちら六階 屋上会談。同じく異常はありません。』

 

階段を下りた簸翠の耳に入ったのは隊員同士の会話だった。その内容は全六階ある病院《蕺》の簸翠が通った四階にも六階にも異常は見受けられないというものだった。無論、この隊員達は簸翠が通ってきた事など知る由も無い。簸翠は四階に降りる際には姿を隠しているし、そもそも屋上階段は通ってすらいないのだ。

現在、簸翠は足音を立てないように努めながら病室を覗いて回っている。これも彼にとっては手慣れた作業だ。窓の向こうから鴻琴の姿が見えた瞬間、暗殺は始まる。そして彼が捜索を始めて数分後、その時は訪れた。

 

 

(!! 居た……!!)

 

四階を捜索し終わり三階に降りて漸く、簸翠はその姿を発見した。窓の向こうに見える顔は間違いなく珂豚から渡された写真に写っていた鴻琴の顔だ。しかし直ぐに押し入って強引に暗殺を実行する事は愚行と言える。故に簸翠は安全策を取った。

 

 

***

 

 

(…………あの窓の真下は、この辺りだよな。)

 

簸翠が暗殺対象である鴻琴の居場所を特定してから数分後、彼は再び屋上に立っていた。警備の目がある場所では堅実に階段を上り、それ以外の場所では天井に穴を開ける近道を使ってものの数分で屋上へと舞い戻った。

そして今、彼は屋上の縁の柵の前に立っている。すると簸翠は迷う事無く柵の向こうへ身を乗り出し、飛び降りた。妖具(魔法具)の効果によってその様子は誰の目にも止まらない。そして無論、彼のその行動は自殺の類とは全く異なるものである。

その証拠に、簸翠は目当ての場所(・・・・・・)に自分の身体が到達した瞬間、壁に妖術で穴を開けて手を掛け、身体の落下を止めた。簸翠の腕には彼の全体重が圧し掛かるが、彼の筋力でその体重を支える事は造作も無い。

 

その筋力にものを言わせて壁をよじ登り、妖術で開けた穴から病室へと侵入する。言うまでもなくそこは鴻琴の病室だ。簸翠が妖術使いであるという可能性が頭にない鬼門組の人間達は内側(・・)の警備に力を入れている。故に簸翠は自分の妖術を駆使し外側(・・)から侵入する選択を取り、これを成功させた。

部屋の中は一人分のベッドが備え付けている事以外は何もない質素な空間だった。本来、大病院である《蕺》の設備は富裕層向けに豪華にしているが、犯罪者用に拵えられた治療だけが目的のこの病室は例外なのだ。

 

簸翠は足音を立てずに備え付けられているベッドに近付き、標的の顔を確認した。顔に手当てを施されているが、その顔は確かに鴻琴のものだった。それを確認し、簸翠は懐から小型の刃物を取り出す。彼にとってはこの時まで共に仕事を共にしてきた相棒とも呼ぶべき存在だ。

 

(ふっふっふ。お前が鴻琴か。

拷問終わりでお疲れのところ悪いが死んで貰うぜ。恨むんなら裏賭博に手を出した自分の馬鹿さ加減を恨むんだな!!!)

 

心の中でそう餞別の言葉を叫びながら、簸翠は手に持った刃物を鴻琴の胸目掛けて振り下ろした。

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