簸翠が居る場において、苺禍以外の隊員が加勢に来ない事は他でもない苺禍本人が決めた合理的な判断である。数々の暗殺を成功させた腕を持つ簸翠に対し実践経験の低い隊員が前に立つ事は不合理であると苺禍は考えた。
故に彼女は
苺禍の張った包囲網は自分自身の実力を低く見積もっても簸翠を捕らえて逃がさない罠として機能する事を鬼門組の誰もが確信していた。しかし、その包囲網の中で簸翠を狙う
***
『━━━━ガァンッ!!!!!』
『!!!』
場所は大病院《蕺》の一室。それまで網膜を傷付けんばかりの火花が散っていた惨劇は鼓膜を劈くような猛烈な金属音によって一時の平穏を取り戻した。しかし、また直ぐに火花が散る憂い目を見る事は目に見えている。一時の平穏は偏に苺禍と簸翠が距離を取ったが故に生まれたに過ぎない。
そしてその一時の平穏さえも蕺喬の一言が搔き乱した。
「苺禍よ。帥ほどの者の刃が薄皮一枚剝ぐ事も叶わんとは由々しき事態じゃのう。妾が他の者を呼んで来るか。或いは妾も加勢に入るが。」
「何を言っているんですか!! この状況は絶対に変えません!!
それよりも蕺喬様は早く離れて下さい!! 万が一貴方の腕に傷でも付けばそれこそこの国の損害ですよ!!!」
「ふっふっふ。憂いてくれるか。だが心配は要らん。
此の《蕺》には妾が見込んだ腕利きが少なからず居る。切れた腱を縫合できる医師も切れた腕を元に戻す妖術使いも取り揃えておる
!」「!!!!」
蕺喬が自身に満ち溢れた言葉を言い終わる直前、簸翠は再び地面を蹴り飛ばしていた。手に持った短剣はその剣先を前に向けている。しかし、その剣先が指していたのは苺禍ではなかった。簸翠の剣は確かに蕺喬に向いていた。だが、簸翠の殺意は蕺喬に向いてはいなかった。
(この餓鬼が蕺喬の身を案じているのは十分に分かった!!! ならば蕺喬に刃を向ければ苺禍は守ろうと無理な行動を起こす!!
その隙を突いて奴の喉笛を切り裂く!!!!)
蕺喬に向けて突進しているにも関わらず、簸翠の意識は後方の苺禍へと向いていた。次の瞬間には簸翠を狙って攻撃が起きた。しかし、それは苺禍の行動ではなかった。
「全く御しやすくて助かるのぉ 鉄砲玉よ。妾を嘗めて掛かった帥の負けじゃ。」
「ッ!!!?」
簸翠の短剣が蕺喬の身体に届くより早く、蕺喬は目にも止まらぬ速さで懐から液体が入った小瓶を取り出し、その中身を簸翠の顔に掛けた。蕺喬が苺禍に話し掛けた理由は簸翠を誘う為だった。簸翠に自分を攻撃させ、液体を顔に掛ける射程内に誘い込む事が蕺喬の作戦だった。
(クソッ!! 甘く見ていた!!! 掛けられたのは酸の類か!! 或いは睡眠薬か━━━━)
「安心せい。酸は酸でも帥の身体に傷は付かん。但し、其の酸は帥の
「ッ!!!?」
蕺喬のその一言で漸く簸翠は自分に起こっている異常事態を察知した。痛覚には異常は無いが、聴覚は煙が出るような音を捕らえていた。そこから簸翠は自分に起きている
「帥の其の忌まわしい仮面は木を削って作っているのであろう。妾にとっては其の程度、塵紙にも等しい。ほれ、既に面は割れておるぞ。」
「!!!!!」
蕺喬の言葉で簸翠は自分の推測が当たっていた事を確信した。次の瞬間には
(!!!!! 殺す!!!!!)
素顔を見られた事を認識した瞬間、簸翠は蕺喬と苺禍の
(焦ってはいない!! 元より早急に決着を付けるつもりだった!! 素顔を見られた以上、こいつらを生かしてはおかない!!! 蕺喬!!! お前の行動は唯只管に自分の残っていた寿命を溝に捨てるだけの愚行だった!!!!
作戦を成功させて悦に浸っているお前には確実に刺さる!!!!)
「ッ!!!!?」
蕺喬の死を確信した瞬間、簸翠の身に再び異常事態が起こった。彼の痛覚が脳へと肩の激痛を伝達した。
それは肩を刺された事による激痛だった。蕺喬に向けて投げた筈の苦無が消え、簸翠自身の肩に深々と突き刺さったのだ。