ハラブカズラ
陸善地方の北部にのみ生息する強力な毒草である。しかし、陸善地方に住む人々はこの毒草を危険視はしていない。ハラブカズラの毒素は体内に入って初めてその効果を発揮するものであり、草に触れる程度では毒に侵される事は無いからである。
故にハラブカズラの外見を脳裏に焼き付けん程に把握している現地の人間達は容易くその危険から身を引く事を可能とした。例外は無知な人間が誤って草を直接摂取する事程度である。しかし、不埒な人間がその摂理に新たな例外を作った。
それが、ハラブカズラを直接煎じる事でその毒素だけを毒液にして抽出する事である。それでも元来のハラブカズラ同様、毒液は皮膚には阻まれ、血管や消化器官に入って初めてその効果を発揮する。しかし、ずる賢い人間達は刃や鏃などの武器に毒液を塗る事によってその弱点を克服した。
この悪しき発明によって簸翠が奥の手として持っていた苦無などの武器はたった一撃を入れるだけで対象を確実に死に至らしめる必殺の武器へとその地位を急上昇させたのだ。
***
場所は簸翠を捕らえたその病室、彩奈はその掌を蕺喬に診られていた。
「━━━━━━うむ。やはり刃の先が薄皮に触れただけで毒の反応は無いな。軽く消毒をして治癒の妖術でも掛けておけば良かろう。」
「確かに君に助けられたのは事実だが、絶対に肯定出来るやり方ではないぞ。
いいか、ハラブカズラの毒は強力で即効性も強い。少しでも
「は、はい。ホントにごめんなさい………!! (あれにそんな強い毒が塗ってあったんだ………!!!)」
彩奈は《転送》の能力を『何かが掌に触れれば自動的に発動する』ように設定していた。それ故に簸翠の苦無が掌の薄皮に触れた瞬間に《転送》を発動させ、簸翠の肩へ方向を変えて《転送》させる事に成功したのだ。
対象がほんの少しでも掌に触れれば能力は発動する。故に彩奈は能力の発動の遅れによる不測の事態を恐れてはいなかった。寧ろ、苦無に猛毒が塗られていた事実を認識して恐怖したのは簸翠が毒の効果から逃れられずに彼が毒に侵される、即ち自分が簸翠の命を奪う結果を招いたかも知れないという事実だ。
「━━━━さて、帥の傷はもう憂うには値せんじゃろう。問題は帥の言伝じゃな。」
「は、はい!! そうですね!!」
彩奈の傷の状態の診察も終わり、彼女達の話題は唐麻が伝達した『
この場において哲郎と一番関係を持っているのは彩奈であり、虎徹は昨日哲郎と対面したばかりである。そしてそもそも苺禍や蕺喬は哲郎と面識すらないのだ。
「唐麻さん、でしたよね!? てつ、じゃなくて哲也さんが見つかったって本当ですか!!?」
「はい!! 間違いありません!!」
「……哲也と言えば確か鳳巌の阿呆に攫われた小僧であろう。何処で見付かったのだ。」
「所轄の隊員からの報告では、丒吟地方の郊外の林の中で倒れている所を発見、保護されたとの事です!!」
「何!? 丒吟地方だと!?」
唐麻の口から出た『丒吟地方』という単語に疑念を抱いたのは苺禍だった。陸華仙で彩奈からの情報から推測した敵の本拠地は豪羅京の八重宮地方の方向ヶ所の地下という事になっていた。しかしたった今唐麻は鳳巌達に攫われた哲也は丒吟地方で発見されたと言った。
「有り得ん………!! 八重宮地方に近い豪羅京に居た筈の人間がこんな時間に丒吟地方に居るなど、考えられん!!」
「そ、それってさっきの私の予測が外れてたって事ですか!?」
「否、それ以前の話じゃ。」
「えっ!?」
苺禍に声を掛けようとした彩奈の肩を虎徹が掴み、彼女を窘めた。虎徹は帝国の地理を彩奈より遥かに把握しているが故に、苺禍の言葉の意味する所を察知していた。
「虎徹さん、それ以前ってどういう意味ですか!?」
「其の前に一つ確認させろ。主が先刻、彼の小僧から通信があったというのは真か。」
「は、はい!! もちろんです………!!」
「そうか。ならば主が持っている通信の妖具の通信距離に誤りはないのか。」
「それも多分大丈夫です……………!!!」
虎徹は彩奈から聞いた情報を脳内で反芻させていた。数秒掛けて自分の予測が外れていなかったことを再確認する。
「……という事はじゃ、主が陸華仙に居た時に哲郎は確実に
「そ、そういう事になりますけど、それが一体……………」
「主には分からんか。良いか、主の奴等の本拠地云々の予測が当たっていようと外れていようと、つい数時間前まで主と通話できる環境下にあった哲郎が今、丒吟地方に居る事など有り得んのじゃ。」