ここに一人の男が居る。彼の名前は《
繪雅の護衛だった兵士、そして彼等が人質に取った一般人複数名が一人の男に殺害されるという極めて凄惨な事件は帝国中を恐怖に落とし込んだ。しかしその中でも矛俥はその恐怖を最大限に受けた男だと断言出来る。
「…………今でこそこうして農家をしている私ですが、本来は父の精肉店を継ごうと思っていたんです。それをしなくなったのはやはりあの事件でしょうね。あれを見て以来、動物の肉が食べられなくなりました。こう、人の死って言うか、生命の消失ってヤツをもろに感じてしまうんですよ。
話が逸れましたが、あの事件ですよね。もう十五年になりますか。ですが私は今でも昨日の事のように思い出しますよ。
ええ。まさかと思いましたよ。私の町で
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時は十五年前へ遡る。場所は領主の圧政が敷かれた小さな町。そこに一人の男が少女を連れて訪れていた。残酷な運命は徒に
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「ええ。私は一部始終を見ていました。最初は見慣れない男が歩いているなと思っていたんです。全身を赤い布で覆った大男でした。次の瞬間ですよ。その男と繪雅が鉢合わせたのは。
繪雅は開口一番に『金を貢げ』といった事を言いました。多分あの大男も領民だと思い込んだんでしょうね。知っての通り、あの男は町から領民から金を絞り尽くす下衆の極みです。しかも、誰もがそれに逆らえませんでした。だからこそあいつは金を必ず手に入れられるものだと信じて疑わなかったんだ思います。
しかしね、あの大男にも問題はありましたよ。そいつも返す言葉で一言、『失せろ』といった事を言いました。だけど今考えれば、それも一種の恩情だったんじゃないかと思います。あの後に起こった事を考えればそんな突拍子もない考えにもなるでしょう。
事件は次の瞬間に起こりました。男の態度に逆上した繪雅は侍らせていた警備達を使ってその場に居た人達を人質に取り、再び要求を通そうとしました。後で分かった事ですが、運命はなんて残酷なんだと思いましたよ。その人質の中に(確か寅號とかいう)腕利きの武道家が居たと知った時にはね。
………そして次の瞬間です。その時私は最初、何が起こったのか分かりませんでした。ただ、視界に《赤の割合》が増えたとしか。血の匂いと上半身と下半身が生き別れになった人達、そして露出した内臓を見て初めて私は何が起こったのかを理解しました。たった一回の刃物の一振りで、十人以上の命が失われたんです。
その後ですか? それは分かりませんよ。だって気を失ってしまったんですから。」
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白昼堂々 公衆の面前で行われたこの大量殺人事件の全貌が紙に載って帝国へ発信されるのはそこから数日を要する。無論、一人の悪辣な男の手によって十数人が殺害されるという凄惨な事件をひた隠しにする方法など何者にも持ち合わせない。しかし、繪雅についての情報、特に彼が民間人を人質に取ったという事実は猛烈な圧力によって隠された。
繪雅の父である繪縲と彼等と癒着し甘い汁を吸っている権力者達が身の破滅を恐れた結果だ。
しかし、この事が逆に繪縲達を破滅へと追い込む。その日の夜、繪縲達が住む屋敷は
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「……………はい。確かに私は十五年前に、繪雅から解放されて今は自由に暮らせています。だけど私は常々思うんです。私はあの人に助けられたんじゃなくて、ただあの屋敷を襲った
私が言って良いのか分かりませんが、あの人に私を助ける気は微塵も無かったんじゃないかと思うんです。ただ、繪雅を殺したかっただけじゃないかって……………」
そう答えたのは《
「はい。毎日のように殴られ、蹴られていました。あの男にとって私は留飲を下げる為だけの存在だったんだと思います。あの夜もそうでした。特に酷く殴られたり蹴られたりしました。
理由ですか? 確か、私を殴りながら『あいつのせいだ』とか、『何故俺が怒られなければならない』とか、そんな事を言っていたと思います。」
弍啊の予測は当たっている。昼の事件の後、繪雅は事の鎮圧に奔走した父 繪縲から激しく叱責を受けた。特に八人もの警備を失った事を激しく問い詰められた。
「後、『見つけ出して絶対に殺してやる』とか、そんな事も言っていました。その時です。屋敷が
最初は何か大きな影が私を飲み込んだとしか感じませんでした。何が起こったのかは上を見て初めて分かりました。
繪雅の後ろに大男が立っていたんですよ。そしてこう言ったんです。
『良かったな。探す手間を省いてやったぞ』と。」