時刻は朝、時計の針が(日本基準で)午前七時三十分を指し示す頃。彩奈は鬼門組 陸華仙にて用意された朝食を口に運んでいた。
献立は焼き魚を中心とした纏まりのあるものだったが、彩奈の舌は漠然としかその味を認識出来ず、半ば機械的に料理を箸で掴み口に運ぶという行為を繰り返していた。その理由は大きく分けて三つ、その直前に取った睡眠が不十分であった事、凰蓮から聞かされた話が余りに衝撃的であった事、そして哲郎の安否が気掛かりだった事だろう。
(……………哲郎さん、もうすぐ帰ってくるはずだよね? 大丈夫かな? 鳳巌に捕まって何時間も閉じ込められて……………
いくら頼もしいと言っても私より子供なんだから、何かこう、ストレスみたいなもの感じてるんじゃ………!!)
鬼ヶ帝国への潜入は三日目に突入した。初日以上に
特に哲郎が(本人の意思とはいえ)敵の手に落ちた事が彩奈にとっては少なからず衝撃だった。彼女が憂いていた事は哲郎の精神状態だ。
彩奈はこれまで何度も哲郎に助けられた。そしてその状態は帝国に潜入した今も変わっていない。しかし哲郎は自分より年下の少年である事も彩奈は理解していた。更に彩奈には敵の手に落ちた哲郎の精神状態を想起させる要素がある。
「…………………………ず?
……………おい、
「ッ!!?」
不意に横から聞こえた声に彩奈は肩を震わせて反応した。声の主は虎徹だ。彩奈と同様、鳳巌による刹喇武道会襲撃事件の被害者という立場にある虎徹もまた陸華仙の保護を受け、彩奈の隣で食事を口に運んでいる。
「こ、虎徹さん………!」
「随分と呆けておるようじゃったぞ。
凰蓮に色々聞かされたと聞いたぞ。其れに中てられて寝れておらんのではないのか?」
「そ、それは大丈夫です。あれから一応六時間くらいは寝れましたから。ただ……………」
「凰蓮の身の上が余りに衝撃だったか?」
「!!」
虎徹の一言は余りにも正鵠を得ていた。凰蓮の口から語られた数々の事実は彩奈の精神を大きく揺さぶった。或いは昨夜の出来事は現実に酷似した夢かもしれないという感覚に今でも陥っている。それ程までに凰蓮が語った鳳巌との関係は余りに現実離れしていた。
凰蓮は自分がかつて鳳巌と旧知の仲であった事や鳳巌が犯罪に走った理由などを語った。恐らく帝国民がそれを聞けば全員が大混乱に陥るであろう事を彩奈は手に取るように想像出来た。
「……………どうやら主も分かっておるようじゃな。
《繪縲事件》を筆頭に、奴は帝国を騒がせ過ぎた。最早奴にどのような訳があろうと許す人間は此の国には居るまいよ。
……………
「!!
……………じゃあなおさら、この国を助けなきゃいけませんね。それが出来るのは私達しか居ないんですから。」
「そうじゃな。」
彩奈は帝国を
その事を肝に銘じつつ半ば作業と化した食事を口に運んでいると一人の隊員が一つの吉報を携えて食堂へ飛び込んで来た。
「杏珠さん!! ご報告があります!!
たった今、哲也さんを乗せた車が豪羅京に入ったとの事です!!」
「!!」
その一言を聞いて彩奈は目を輝かせた。次の言葉で食事が終わる頃には馬車が陸華仙に到着するという旨を聞かされた。
***
朝食から約一時間後、彩奈達は陸華仙の入り口に立っていた。つい数時間前に聞いた凰蓮の話が頭から抜けそうになる程に彩奈の気持ちは昂っていた。焦る必要など微塵も無いと自分に言い聞かせつつも体内時計は一秒一秒を緩慢に刻んだ。
その時の彩奈は一秒一秒が余りに冗長に感じられ、精神の動揺を抑え込む事に全力を尽くさねばならなかった。それをしばらく続けた後、その時は訪れた。
「!!!」
「……ようやっとの帰還じゃな。」
何時間にも錯覚しそうな待ち時間の後、森の奥から一台の馬車が姿を現した。彩奈にはそれが輝いて見えた。その馬車の中に希望を見出していたからだ。
そして馬車が停車し、遂に扉が開いた。
「………………………!!!!」
「……
鬼門組の隊員達の付き添いを受け、哲郎の姿が彩奈の視界に入った。それを認識した瞬間、彩奈は半ば衝動的に哲郎に駆け寄った。最早彼女の脳裏には自分は帝国民の《杏珠》であるという認識は頭から抜けていた。
『て、哲郎さん……………!! 良かった……………!! 本当に良かった……………!!!
もう、もう二度と会えないかもって、私……………!!!』
『落ち着いて下さい。他の人に聞こえますよ。
それに僕はこんな事で死ぬわけにはいきません。なにより良いようにされるのはもう十分です。ここから反撃開始ですよ!!!』