虎徹は簸翠の身体に《墨汁》の能力で『誠』の字を書き込んだ。その上で虎徹は簸翠に彼の依頼主について答えるよう言った。既に(虎徹流の)尋問は始まっているのだと哲郎は理解した。
(……………『
これで恐らくこの簸翠っていう人は嘘が付けなくなっている。 だから……………!!)
「━━━━あ、あ、か━━━━━━━━!!」
『!!!』
蕺喬作の薬の効果で意識を奪われている簸翠の口からか細くはあるが言葉が発せられた。その瞬間、哲郎達は押し黙ってその言葉を一言一句逃さないように注力する。その言葉の全てが帝国の運命を握る情報の塊も同然だ。
*
数分を掛けて、たどたどしい口調で簸翠はいくつかの情報を喋った。
まず、自分に依頼をした珂豚という男は違法賭博を仕切っておりそれが明るみになる事を防ぐ為に自分に依頼をした事。自分に依頼をした場所は豪羅京内だった事。
そして自分は珂豚以外に数人 鳳巌の直属の部下が居る事を話した。
そしてそれを話し終わると簸翠は再び意識を失った。
「……………彼奴から絞れる情報は此れで全てか。思ったよりも少なかったな。」
「確かにそうですね。珂豚が違法賭博を運営しているのは分かり切っていましたし、最後に言った数人の部下というのもそのような人達が居ると言っただけで名前やどんな人なのかが分からない。」
「じゃな。じゃとすると有力なのは此奴が珂豚から依頼を受けた
「ですね……………。」
簸翠は珂豚からの依頼を豪羅京内で受けたと言った。それが意味する事を哲郎達は瞬時に理解した。
哲郎達は鳳巌の根城の位置を豪羅京の地下にあると推測した。そして哲郎は珂豚が簸翠に依頼をした(恐らく)数時間以内に鳳巌の根城の中で珂豚の姿を目撃している。即ち珂豚が居た簸翠に依頼をした場所と鳳巌の根城は同じ豪羅京内である可能性は十二分にあるという事だ。
「やはり鳳巌の根城は此の都にある可能性は十二分にあるな。ならば問題は━━━━」
「はい。この事をあの人が━━━━━━━━」
『!!!』
哲郎達は話を途中で終わらせ、背後にある扉へ視線を向けた。その理由は扉の向こうから微かに足音が聞こえたからだ。大前提としてこの行動は他の誰にも明るみになってはいけない。簸翠との接触はそれ程までに危険を伴う行為だ。言うまでもなく部屋に入った時に施錠はしていたが、鬼門組の人間に対しては無いも同然の対策だ。
(ど、どうする!!? とりあえず天井に浮いて隠れるか!?
それより僕達がここに来た痕跡は何か残ってないか━━━━)
「哲郎さん!! 虎徹さん!! 私に!!」
『!?』
*
簸翠の身柄は鬼門組にとっても最重要事項である。故に数時間おきに経過を確認する対策が取られた。彼等が確認する主な事項は簸翠に投与した睡眠薬の効き目の確認である。空間魔法の使い手である簸翠が意識を取り戻すだけで脱走の危険性が格段に高まるのだ。
哲郎達が簸翠に接触した時間に重なるように彼の状態を確認しに来た二人の隊員達の報告書の記載は次の通りである。
『〇月△日
陽刻 巽之時(帝国の暦で午前九時頃)
以下、暗殺者 簸翠被告の身柄の状態
簸翠被告に意識無し。睡眠薬の効果 正常。
*
「はぁっ!! はぁっ!! う、上手く行った……………!!!」
場所は陸華仙内の彩奈に宛がわれた部屋。そこで彩奈は安堵の声を漏らした。そしてその部屋には哲郎と虎徹も居る。先程まで簸翠が拘留されている部屋に居た哲郎達がその部屋に居る理由は一つだ。
巡回の者が留置部屋に入ってくる瞬間、彩奈は『私に』と言いながら哲郎と虎徹に触れ、《転送》の能力を発動した。そして哲郎と虎徹を自分の部屋へ《転送》した後、自分の身体も同様に部屋へ《転送》した。
「主にしては随分と早い頭の回転であったな。じゃが此れが出来るならば行きも其の方法で良かったのではないか?」
「ああいや、それは無理なんです。私の能力は見えているか一度行った事のある場所にしか転送できないので……………!」
「そんな事よりですよ。あんなに急ぐ事は無かったんじゃないですか?足音から考えても後三十秒くらいは余裕がありました。せめて僕達があそこにいた痕跡があるかどうかくらい確認してからでも遅くなかったんじゃ」
「!!」「!」
そこまで言ってから哲郎はようやく自分の発言の不適切さに気が付いた。哲郎は単純に今回の行動が如何に秘密裏に行われなければならないかを重要視していた。哲郎は簸翠の留置部屋に侵入した事実が鬼門組の人間に発覚する事を危惧したが故に出た言葉であり、そこに彩奈の判断を非難する意図までは含まれていない。しかし彩奈の耳にはそう聞こえた事をようやく理解した。
そして哲郎の意図を代弁したのは虎徹だった。
「心配は要らんよ彩奈よ。此奴が今更主を詰るような言葉を抜かす筈が無かろう。此度の事が明るみになる事が如何に危険か考えての事じゃ。
じゃが哲郎、其れは杞憂というものじゃ。儂が書いた二つの文字は既に消え、何の痕跡も残ってはおらん。奴等が此度の事に気付く可能性は有りはせん。」
「……………そう、ですか。すみません。神経質になりすぎました。」
「良い良い。では話を戻すぞ。此度の事が組の者共に知られる事を危惧する必要はない。ならば恐れるべくは━━━━」
「はい。今回の事が、敵の《転生者》に知られているかどうかですね。」