哲郎にとって刹喇武道会での記憶は鬼ヶ帝国での出来事においてもかなりの割合を占めて印象に残っている。透桃や寅虎との試合、更には鳳巌や凰蓮の存在を初めて知った場所も同様に武道会の場であった。
そして鳳巌の根城で様々な事実を目の当たりにした現在でも武道会で得た様々な情報は哲郎の脳裏に深く焼き付いている。特に敵の《転生者》の容疑者として目を付けた八人の帝国の重役達が現状において最も注目すべき情報である事を哲郎は察知していた。
(凰蓮さんが行動を起こす夜まではまだ多少なりとも時間がある。たった今行動を起こしたばかりでまた下手に動くのはまずい。今はこの部屋で出来る事をすべきか。
…………それで、その
例えば、鬼門組の人達に聞いてあの八人の情報、具体的には生い立ちとか経歴とかを調べるくらいだよな。もし敵が、里香がラドラさんに成りすました時みたいに成り代わっていたとしたらどこかにその痕跡が残っていてもおかしくない。
とにかく、敵が今夜、凰蓮さんが鳳巌達に奇襲を掛けた時を狙って行動を起こす事はまず間違いない。それまでにどうにかして敵の正体を明らかにしないと)
『カァン!!! カァン!!! カァン!!! カァン!!! カァン!!!』
『!!!?』
その音は鬼門組 陸華仙の屋根に備え付けられた半鐘の音だった。鬼門組において半鐘が鳴る時は唯一、本部内において異常事態が発生した時だけだ。
「な、な、な、何ですかこの音!!!?」
「狼狽えるな!! 此れは組の半鐘の音じゃ!!
じゃが有り得ん!! 此の陸華仙において異常事態の報せが鳴るなど━━━━」
「!!? 哲郎さん!!?」
「おい、何処へ行く!!?」
「決まってるでしょう!? もしかしたらこの一件に敵が絡んでるかもしれない!! 今からそこに行くんですよ!!!」
先程までの下手に動く事はまずいという思考を真っ向から否定するかのように哲郎は半ば衝動的に駆け出していた。
***
哲郎は半鐘の音が鳴り響く陸華仙の廊下を一心不乱に走っていた。
鬼門組の人間達は聞き慣れない半鐘の音に過敏に反応し、緊急事態の対処に奔走していた。彼等にとって半鐘の音が聞き慣れないものである理由は一つ、帝国において最大規模を誇る陸華仙を襲う人間などまず居ないからだ。
奇しくも鬼門組の人間達の意識は半鐘が報せる異常事態に集中し、その中を走る哲郎に意識を向ける者は居なかった。
しかしそれも、たった一人の例外を除いての話だ。一人だけ、事態収束に専念していた陸華仙の中で哲郎に声を掛けた人物が居た。
「君!! こんな所で何をしている!!」
「!? あなたは━━━━」
哲郎に声を掛けたのは苺禍だった。哲郎と彼女が対面するのはこれが初だったが、互いに互いの事を彩奈から得た情報で知っていた。
(この人は確か、陸華仙の苺禍という人……………!!)
「何をしているんだと聞いているんだ!! 今は緊急事態だ!! 大人しく部屋で待機しているんだ!!」
「緊急事態だと聞いたから動いてるんです!! 一体何があったんですか!?」
「何故君にそんな事を教えなければならない!! 早急に部屋に戻れと言っている!!」
苺禍の主張は帝国民である《哲哉》に対しては非常に道理の通ったものだった。しかしそれを分かっていても哲郎は苺禍に対して折れる訳にはいかなかった。哲郎にとってこの緊急事態は謂わば情報が詰まっている可能性のある箱も同然のものだ。
無論、この事態に鳳巌や敵の《転生者》が関係していない可能性もあるが、そうでなければそれを、この事態から情報を見つけ出す契機を見逃す事は今すぐにでも事が動きかねない現状では非常に致命的な遅延行為だ。
「(わがままなのは分かってる!! だけどここで引く訳にはいかない!!!
彩奈さん達の、この国のためにも!!!)
……………僕に関係してる事かもしれないじゃないですか。」
「!?」
「もしかしたら、一昨日の山賊や鳳巌の手下が僕を恨みに思ってやった事かもしれないでしょう!!? だとしたら僕が原因って事になる!!
それなのに僕が動かない訳にはいかないんですよ!!!」
この主張は今までの哲郎には珍しく破綻した論理による暴論だった。しかし今ここで足を止めてしまうと《転生者》の思惑を阻止するという勝利から目に見えて遠ざかる気がしていた。
そしてその暴論によって遂に苺禍が折れた。ここで哲郎を説得するより哲郎の要求を飲んだ方が早いと判断しての事だ。
「……………十数人の侵入者が裏門から襲撃したと聞いている。此れを聞いてどうするかは君の自由だ。君の勝手な行動で君がどうなろうと私は責任を負えないがな!!!」
「……………!! ありがとうございます!!!」
苺禍から情報を得た哲郎は裏門に向けて走り出した。
*
「……………!!!」
裏門から外に出た哲郎の目に飛び込んで来たのは屈強な男達と鬼門組の人間達が乱戦している光景だった。数は鬼門組の方が遥かに多いが、襲撃者達は圧倒的な身体能力で鬼門組の人間達を蹴散らしていた。
しかしそれよりも哲郎の意識は襲撃者達の様子に集中していた。彼等は全身に青筋が浮かび上がり、そしてその目は真っ赤に充血していた。