異世界に適応する少年   作:Yuukiaway

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#341 Organisms Lance

哲郎達は息を潜めていた。最早比喩的な意味など超越し誇張抜きに呼吸を出来る限り細くしているように努めた。その理由は今自分達が絶対にその気配を察知されてはならない状況下にあるからだ。

 

「━━━━えーと、食料の備蓄は倉庫の方に運べば良くて、資料は上に渡せば良いんだよな━━━━」

 

それは男の独り言だった。哲郎達はその言葉の他に木製の車輪が規則的に回る音も聞いていた。哲郎達の耳がその二つの音を同時に聞いていた理由は一つ、彼等が今現在荷車に(・・・)乗っているからだ。

 

(━━━━この状況なら出るチャンスは、資料を荷台から出す時だな。)

(━━━━だ、大丈夫だよね!? 気付かれたりしてないよね……………!?)

(━━━━あの様子なら態々言うまでも無いな。隙を見て此の荷台から脱する。其れも為るべく目立たず深い所でな……………。)

 

今の哲郎達には言葉一つ発する事すら許されていない。故に今の言葉は完全に彼等の脳内で発せられている。それでも尚彼等の思考は纏まっていた。今から自分達が取る行動は適切な場所時点での荷台からの脱出。その一つに集中している。

永遠とも数瞬とも感じられる時間の後、その絶好の瞬間は訪れた。

 

 

「━━━━お、ここだここだ。」

(((!!)))

 

その一言は男にとっては日常的に繰り返している業務内容による言葉だった。しかし哲郎達の耳には一世一代の勝負の開始を告げる笛のように感じられた。というよりは寧ろ今宮殿に居るというこの状況自体がそのまま一世一代の勝負と呼んで差し支えないと、少なくとも哲郎はそう考えた。

 

 

 

***

 

 

結論から言うと、荷台からの脱出は滞りなく完了した。男が荷台から資料を取り出し受け渡すその瞬間を見計らって荷台から脱出し、そして天井裏へと隠れた。それ自体は何度も経験している行為だったが少なからず緊張を伴った。

万が一にも自分達の存在が明るみになった場合、それは帝国の法律に抵触するだけではなく敵に情報を明け渡す事を意味する。

 

『━━━━どうにか上手く行ったようですね。』

『ああ。長く生きているつもりじゃったがこんな狭い場所に入り込む経験は無かったな。』

『………て、哲郎さん、あんな事を何回もやったって言うんですか……………!!?』

 

通気口を通して入り込んだ天井裏は(女性にしては)大柄な虎徹が多少動き回れる程度の広さがあった。些細な事ではあるが哲郎にとっては非常に重要な事だった。場合によってはこの天井裏から移動するという余計な危険を冒す可能性もあったからだ。

 

『………それで流れで言えば虎徹さんが言ってた大臣(羅刹)っていう人達か、これこそ皇帝を探す事になるでしょうけど、それについて何か分かってる事ってありませんか?』

『否、実を言うと儂も此の宮殿に関しては一切合切を知らんのじゃ。件の連中を探すというのは酸性じゃが、其の事で儂に力になれる事は無いじゃろう。

早い話が地道に探すより他無い。』

『…………そう ですよね。気にしないで下さい。分かっていた事です。それにこういう事は慣れていますから。』

 

哲郎にとってこの逢魔ヶ宮殿は右も左も分からない未踏の地であるが、そのような状況は既に何度も経験している。《適応》の能力抜きに自力で《適応》して見せた能力だ。

 

『何にしてもやる事は決まっています。先ずはこの建物の様子を知る事から━━━━━━━━』

 

『━━━━━━━━ズドォンッッッ!!!!!』

『ッッッ!!!!?』

 

哲郎が話している最中にそれ(・・)は襲い掛かった。それは巨大な槍のように見えた(・・・・・・・)。哲郎達がそのような漠然とした感想しか抱けなかったのはそれがあまりにも巨大で一部分しか見えなかった事とそれがあまりに生物的な質感を纏って折れ曲がっていたからである。

不幸中の幸いというべきか、その槍の先は哲郎達の誰にも当たらず、哲郎の頭部の僅かに右を貫いた。しかし後数ミリで命を奪われていたという事もまた事実であり、それが哲郎達の精神を明確に動揺させた。

 

『~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ッッッ!!!!!』

(な、な、何だこれは!!!!? どこから飛んできた!!!? それにこれは、生き物の器官(一部)……………!!!!?)

『主等動くな!! 何が何だか分からんが生きていると感付かれたら今度こそ終わりじゃぞ!!!』

 

永遠にも感じられる沈黙はしばらく続いた。誇張抜きに哲郎達は自分の心臓が破裂してしまうのではないかという錯覚に襲われ、口を押えて出る息の音を抑え込むように努めた。

そして槍は抜け、シュルシュルという音を立てながらゆっくりと通路の奥、闇の中へと消えて行った。哲郎達はその時点でようやくその槍が飛んできた方向を知る事が出来た。

 

『い、い、今のは……………!!!? まさか、これも敵の《転生者》の攻撃……………!!!?』

『いや、それならもっと徹底的に攻撃してきてもおかしくありませんよ!! 多分あれは、もしかすると━━━━!!!』

 

 

 

***

 

 

 

「い、一体どうされたと言うのですか!!!!?」

 

その声は逢魔ヶ宮殿の最深部(・・・)に居た男の口から発せられた。目の前の人物の余りに奇怪な行動に男の表情は驚愕の一色に染まっていた。男とは対照的にその人物は表情一つ変えずに一言だけ呟いた。

 

「━━━━否、唯奥で鼠の足音が聞こえた気がしただけだ。」

 

それを聞いても尚男の表情から驚愕の色が抜けなかった理由はその広間の扉を突き破って伸びているその人物の触手(・・)にあった。その人物は男が首を限界まで曲げて見上げなければならない程の巨体の持ち主であり、尚且つ背中に何本もの触手を持っている轟鬼族の男だった。

 

その人物こそが鬼ヶ帝国現皇帝 七代目羅王 《魍焃(もうかく)》である。

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