異世界に適応する少年   作:Yuukiaway

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#343 Girl in the Ruins

物心付いた時には既に親はいなかった。蒸発したのか、或いは何かの理由によって死んだのか、彼女(・・)には最早知る由も無い事である。

心の中にあったのはある意味では混じり気の無い純粋な生存本能のみ。それに従って在りし日の彼女は生きて来た。無抵抗な虫を捕まえては迷いもせずに口の中に放り込み、身を切るような川の水で身体の汚れを落とす毎日だった。

 

彼女の生まれ故郷の名は《椴廃(だんはい)》。帝国の歴史上でも一位二位を争う程に治安の悪い地域である。帝国の政治からも見放され、内部では人々が数少ないものを奪い合って毎日のように傷付け合っていた。

 

そして現在から遡る事十数年前、椴廃にその男は現れた。その男はその時点では誰も気に留める事は無かった。彼が帝国を震撼させるのはそれからしばらく後の事である。彼がその時、そこに居た事が全ての始まりだった。

 

男は先ず、無謀にも絡んで来た男達数名を殴り倒した。その行為にそれ以上の意味は無い。ただ癇に障ったからだと彼は回帰している。そして程無くして男と少女は出会った。

少女は死体と見紛う程に衰弱していた。それを見た男の行為は単純な気紛れというしかない。男は少女を連れて椴廃を出た。それが彼女が親と呼べる存在に出会った瞬間である。

 

彼は後に帝国の歴史に最悪の犯罪者の汚名を刻む男 《鳳巌》。そして彼は少女に名を付けた。

《黐咏》という名前を。

 

 

 

***

 

 

陸華仙は史上最大の修羅場に突入していた。彼等は総監 凰蓮を筆頭にしてある場所へ向かっている。帝国史上最悪の犯罪者 鳳巌の根城(と推測される場所)へだ。

凰蓮の後ろには数十人の隊員が居る。しかし彼等の耳には乗っている馬の足音以外の音は聞こえていなかった。誰も声を発しなかったのである。それ程までに彼等の精神は張り詰めていた。

 

彼等は今、帝国のこの先数十年の運命を背負っている。この作戦が成功するか否かに帝国民の未来が掛かっていると言っても決して過言では無いのだ。

更にもう一つ、彼等の精神を引き締めている要素があった。それは凰蓮の心中である。

 

「…………………………。」

 

凰蓮は一言も発さなかった。隊員達に見えたのは彼の背中だけだったが、その背中に彼等は凄まじいまでの決意を見ていた。

隊員達は皆、凰蓮と鳳巌の関係を知っている。故に彼がこの作戦に抱く感情も知っている。凰蓮は九年前の激突、そして総監の椅子に座ってから今日までこの瞬間の為に生きて来た。鳳巌に引導を渡すこの時の為に。

 

 

 

***

 

 

 

「……………はい。総監殿は毎日のように鳳巌について調べていました。かくいう私も十五年前の事件の担当でしたからね。独自に情報を仕入れては総監殿に提供もしていました。」

 

そう言ったのは鬼門組隊員の一人 《帋抒(かみの)》。彼は十五年前の繪縲襲撃の直前に起こった大量殺人事件を担当した経歴の持ち主である。故に彼もまた、凰蓮には遠く及ばずとも、犯人である鳳巌に対して並々ならない執念を燃やしていた。

特にある日突然、何の前触れも無く声明を両断された被害者達とその遺族達の表情は彼の瞼に焼き付いて生涯消えないだろうと思っている。

 

「……しかしです、皆さんも分かっている通り、九年前のあの日から鳳巌は全く尻尾を見せようとしませんでした。ですが私は断言します。あの男は決して悪事を止めてはいないとね。

恐らくあの日からは方針を変え、自分は表舞台には出ずに手駒を増やして己の地位を盤石なものにしようとしているのだと、私はそう推測しました。」

 

九年前の激突の日から入って来る断片的な情報によって帋抒だけでなく鬼門組の大半の隊員は鳳巌が大規模な組織を作り上げ、自分は安全圏から富や名声を得、自分の地位を確固たるものにしているという推測を立てた。

 

「ですがね、これは私にだけ仰った事なんですが、総監殿はその推測を否定しました。『彼は金や地位に固執するような人間ではない』とね。

無礼を承知の上で言いますが、その理屈は疑うべきだと思います。勿論総監殿と鳳巌が交友関係にあった事は知っています。ですがそれは昔の話で、今となっては友だった時間より道を違えていた時間の方が長い事は動かせない事実なんですから。

それに、これは私の主観かもしれませんが、その時の総監殿の表情、かなり寂し気に見えたんです。まるでこう、自分にそう言い聞かせているように見えたんですよ。

 

まぁ、それももうすぐ分かる事ですけどね。何故かって? 遂に尻尾を掴んだんですよ。

知っているでしょう? 自殺教唆で音楽教師を逮捕した事を。なんとその音楽教師がね、鳳巌と繋がっている違法賭博に手を出していたんですよ。」

 

帋抒のこの話は哲郎達が帝国に潜入する数日前になされている。偶然か必然か、それ程までに情勢が荒れていた時を哲郎達は潜入の時として選んだのだ。

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