異世界に適応する少年   作:Yuukiaway

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#346 Devote Myself For You Part2 ~SLUMS~

椴廃

凰蓮は黐詠の口からその言葉を聞いたが、彼がその地の名を聞いたのかこれが最初ではない。彼が最初にその名前を聞いたのは十年以上も前、彼が鬼門組に入って間もない頃である。

凰蓮は椴廃の名を極めて治安の悪い地域として聞いた。無論の事、凰蓮はその地に捜査の手を伸ばし治安回復を試みた。しかし当時の上司はそれに待ったを掛けた。その理由は労力と成果が見合わないというものである。

 

詰まる所、鬼門組は椴廃を見捨て、当時の凰蓮もそれに従わざるを得なかったのである。凰蓮はそれから今日までその事を心の片隅に置いていた。

そして今、それが黐詠という敵に成長し凰蓮に立ちはだかっている。

 

 

***

 

 

凰蓮は椴廃という土地の名前を薄々忘れかけていた。凰蓮に限らず人間の記憶は固定されるものではなく、その都度切っ掛けがある度に思い出される。事実、凰蓮は総監としての激務に追われ意識の中に椴廃の二文字が浮かぶ事は数える程しかなかった。

しかし凰蓮は今、その事実を恥じている。上司の圧力に屈した事だけではなく、椴廃を見捨てた事を忘れかけていたという事実をだ。

 

(……………成程彼女は椴廃の出身者でしたか……………。

ならば此れは私の過去からの制裁という訳ですか。猶更引く訳には行きませんね……………!!!)

 

黐詠の口から椴廃の名前が出たという事実一つで凰蓮は全てを察した。脳内で鳳巌が椴廃を訪れ、そこに居た黐詠を保護したという筋書きを描く。奇しくもそれは当たっていた。

瞬間、凰蓮はこの状況にもう一つの意味を見出した。この状況は自分が招いた。彼女に鳳巌の娘などという烙印(・・)を押してしまったのは過去の自分の弱さである と。

 

「……………申し訳ありません。救えなくて(・・・・・)。」

「!?」

「私が椴廃に捜査の手を伸ばしてさえいればこのような事には。貴方を悪の道へ落としてしまった責任は私にあります。私がこの場で終わらせましょう!!!」

 

凰蓮は強い決意と共に刃を構える。九年前に見た鳳巌の姿は嘗ての友だった彼とはかけ離れた凶悪犯そのものだった。その彼が黐詠を助けた理由など単なる気紛れとしか考えられない。しかし黐詠にとってはそれだけが全てであり、自己同一性を構成しているのである。

ならば今の凰蓮に出来るのは唯一、一刻も早く彼女を鳳巌(悪の道)から引き離す事だけだ。

 

「……………何を的外れな事言ってるの? 私は鬼門組(あんた達)に何も期待なんかしてない。助けてくれたパパに少しでも何かしたい。それだけなの!!!」

 

凰蓮に弾き飛ばされ地面を転がり、黐詠は少なからず負傷を負っている。後一撃でも攻撃を受ければ戦闘不能になる事、延いては自分は凰蓮には天地がひっくり返っても勝つ事など出来ない事は薄々理解していた。それでも尚、彼女は一歩も引く事を知らない(・・・・)

彼女にとっての家族は鳳巌だけであり、彼を失う事こそが彼女にとっての最大の苦痛なのである。その最悪の筋書きに比べれば今感じている痛覚など比べるべくも無い。そう自分に言い聞かせて刀を構える。

 

『………………………………………』

 

最早二人が分かり合う道は閉ざされた。凰蓮は手を差し伸べたが黐詠はその手を振り払った。しかし彼女のそのような精神を形作ってしまったのは凰蓮の過去だ。武器を構えた二人の間に張り詰めたような空気が流れ、今にも激突寸前である。

しかし、その後に広がる光景は見え透いている。凰蓮が黐詠を打ち破り、その手に錠を掛ける未来だけだ。

 

「……………ッ!!!!

ああアアアアアアアアアアアアッッッ!!!!!」

「ぬんっ!!!」

 

黐詠は地面を蹴り飛ばし凰蓮に向かって突進を掛ける。手に持った刀はその先端が凰蓮に向いている。決着の一手として彼女が選択したのは刀による突きの攻撃だ。

凰蓮も同様に黐詠に向けて最後の一撃を見舞う行動を取る。両手に持った薙刀を振り上げた。しかしその刃は通常とは反対の方向を向いていた。即ち黐詠には刃の峰の部分が当たる。刃による峰打ちが凰蓮が選んだ最後の一手である。

 

一秒にも満たない時間の後、両者の武器の刃は激突し黐詠の刀が折れる。直後に凰蓮の刃の峰が黐詠の意識を刈り取り、それでこの場の全ては終わる。

 

 

━━━━筈であった。

 

『!!!!?』

「ッッ………………………!!!!

ンギッ…………………………!!!!」

 

その言葉は凰蓮の口からも、そして黐詠の口からも発せられたものでは無かった。二人の()現れた(・・・)少年の口から発せられたものだ。

その少年は片手で凰蓮の一撃を受け止め、もう片方の手を刀に貫かせながら黐詠の攻撃を止めた。片方の腕は明らかに骨折し、もう片方の手は刃に貫かれている。誰の目から見ても重大な負傷であるが少年にとっては取り返しのつく怪我である。

 

そして二人はその少年の顔に見覚えがあった。

 

(こ、こいつは……………!!!)

(哲也さん!!? 何故此処に……………!!?)

 

二人の間に割って入り、彼等の衝突を食い止めたのは帝国民哲也扮する《転生者》 田中哲郎であった。

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