哲郎の《適応》は痛覚を遮断する能力ではない。哲郎はこれまで常人では発狂しかねないような激痛に見舞われてきたが、その全てを耐え、《適応》してきた。
哲郎は攻撃力、筋力が皆無である。それ故に哲郎の戦法は相手の攻撃を躱し、その攻撃力を乗せて返すというものである。その戦法を体得する為に哲郎は攻撃を躱しいなす事に一番力を入れた。しかしその現状に対し、哲郎はある疑問を抱いていた時期がある。
これから綴られるのは哲郎が鬼ヶ帝国に潜入する数日前、拠点としているエクスの屋敷にて交わされた会話である。
*
「…………ほら、出来たぞテツロウ。」
「はい。ありがとうございます。」
間借りをしているエクスの屋敷の大広間にて、哲郎は出された紅茶を受け取り口に運んだ。哲郎は
その二人に哲郎はかねてより思っていた疑問を打ち明けようとしていた。そもそもこの場自体が哲郎がその為に用意した場だ。
「テツロウ、
「ああはい。昔友達に勧められて飲んだ事ありまして。コーヒーはまだ飲めそうにありませんけど。」
「そうか。
…………で、一体どういう理由で俺達を呼んだんだ。」
「!
………実は、帝国に行く前にどうしても二人に聞いておきたい事がありまして。」
哲郎はつい先日まで戦闘は疎か暴力とも無縁の生活を送っていた十一歳の少年である。その彼が何の前触れも無く血生臭い戦闘の日々に身を投じる事によって発生する影響は計り知れないと二人も薄々感じていた。
「……………二人は痛いのは嫌ですか?」
それが哲郎の疑問を端的に表す言葉だった。聞く人が聞けば変わった意味に取られそうな言葉であるが、哲郎の口から出た以上その方面の意味が含まれてない事は容易に想像できる。しかしそれ故にノアとエクスは哲郎の言葉の意味する所を把握しかねた。
「………それは一体どういう意味だ?」
「ほら、僕って人の攻撃を避けて攻撃するじゃないですか。」
「俺の時もそうだったな。それがどうした。」
「なんか最近になってそれがいけない事みたいに思う事があるんですよ。自分は避けるくせに相手を攻撃するなんて卑怯だって感じがして……………」
「お前そんな事考えていたのか?」
哲郎の言葉を聞いた二人の反応は予想外に淡白だった。その反応はこの疑問を深刻に考えていた哲郎の反感を買った。
「そんな事って、僕は真剣に考えてですね
ッ!!?」
その瞬間、哲郎の眼前にノアの拳が飛んで来た。哲郎は持ち前の反射神経でそれを躱す。
「ノ、ノアさん!!? 何を!?」
「今俺の拳を躱したろ。それが答えだ。」
「えっ!?」
「お前が俺の拳を躱したなら、それは
「……………!」
その言葉は得てして行き詰っていた哲郎の思考に導を示すものだった。攻撃を受ける躱すを当人の責任問題として考えるなどそれまでの彼の脳内には存在しないものだった。哲郎はまだ知らない事だが、別の人の視点から物事を見る事によって解決する場合は少なくない。
「なら俺からも一つ言っておく。お前の問いの答えだが、痛いのは俺達も嫌いだ。そしてそれは決して悪い事などでは無い。寧ろ身を守る上では重要だ。
だから卑怯だとかそんな事は一切気にする必要は無い。勝利の為に全力を尽くせばそれで良いんだ。」
「……………!
はい!!」
*
帝国に潜入する数日前、哲郎はノアとエクスに相談をし、自分の戦闘による迷いを断ち切った。攻撃を躱す事は決して悪い事などでは無く、痛みを避ける事も肯定される。そして哲郎は避けられる
今回、哲郎は戦法上避けられない
片手の平は黐詠の刃に貫かれ、片手の手首は凰蓮の渾身の一撃を受けて完全に骨折している。本来ならば重傷、精神に異常をきたしかねない激痛ではあるが、哲郎は《適応》の能力とこれまでの経験からその激痛を抑え込んだ。
そしてその
『ズダァンッ!!!!』
「!!!?」
哲郎は片手の平を貫かれている状態で黐詠の背後に回り、背中に体重を掛けて彼女の体勢を崩し、地面に組み伏せた。哲郎の目的は凰蓮が手を出さずに黐詠を制圧する事だった。