哲郎はこの状況下での最大の切り札を切った。外部から来た哲郎と帝国民の、それも帝国の治安維持の第一人者である凰蓮とでは帝国を狙う敵の《転生者》の認識の程は大きく乖離している。
哲郎ですらまだ見ぬ敵に対して不気味な印象を抱いているのだから、凰蓮がその事実を知ってどのような感情を抱くかは察するに有り余る。
だが、訓練された戦士である凰蓮はそれを表には出さなかった。表情一つ変えずに哲郎に問い掛ける。
「………其れが事実であったとして、其の輩の存在がどうして貴方を此の作戦に参加させる理由になるのですか?」
「……それは、僕が、いや、
「何ですって?」
哲郎は虎徹と
余りに危険な行為である事は哲郎の頭でも十分に理解出来る。しかしそれだけの危険を冒してまで得られるものがあるという自信があった。
「……………成程成程。此れで貴方が
「はい。ちょっとしたご縁があって力を貸してもらってます。僕の言う事を信じてくれるんですね?」
「誤解しないで下さい。確かに貴方のような子供の言う事を疑いたくないのは本当です。
ですが、これ程までに重大な事を私の感情一つで決めつけられない事は分かって下さい。『今貴方が此処に居る事』と『貴方の両腕』の謎がその仮説で説明出来る。今の私に確信出来るのは其れだけです。」
「……………。」
哲郎は凰蓮が決して悪い人間では無いと理解している。しかし同時に帝国の治安維持部隊の総監という立場上自分の感情一つで行動出来ない事も理解している。凰蓮はこれでも最大限譲歩してくれている。そもそも哲郎と凰蓮が今話しているこの状況が異常なのだ。
極秘作戦の最中、一秒も無駄に出来ない筈のこの状況下で数秒の時間を使い、凰蓮は吟味していた。《適応》による異様な回復能力、黐詠に対しての大立ち回り、そして鳳巌に捉えられても尚生還したという事実。
それらの判断材料が凰蓮に、哲郎にとって少なからず喜ばしい結論を導き出させた。
「分かりました。同行を許可しましょう。」
「! 本当ですか!」
「ええ。但しいくつか条件があります。」
*
凰蓮が哲郎に出した条件は三つ、他の人間には正体を明かさない事、決して無茶をしない事、自分達の目的の邪魔をしない事だった。
「……………分かりました。連れて行って下さい。」
「聞き分けの良い子で助かりますよ。では私の後ろに乗って下さい。
……
***
正式に凰蓮の許可を得てから十数分後、哲郎は凰蓮が操る馬(型の魔物)の後ろに乗って移動していた。黐詠の身柄は拘束された後、凰蓮が呼んだ組員によって連行された。
「…………彼女の事が気掛かりですか? 心配は要りません。彼女は今日迄何一つ犯罪をしていないと言っていました。其れが本当ならば十分にやり直せますよ。
尤も、彼女に其の気があったらの話ですがね。」
「……………………。」
哲郎も黐詠に対して思う所が無かった訳では無い。黐詠の事を案じているかいないかで言えば案じてはいた。しかし哲郎の脳裏を占めていたのは別の感情だった。
それは、哲郎がこれから再び敵地に飛び込む上で必須と言える思考だった。
(……………僕はこの人と戦って勝てるのか……………?)
哲郎は凰蓮の後ろ姿に鳳巌の姿を重ねていた。そして思い起こすのは根城の中で鳳巌と衝突した時の事だ。
哲郎は鳳巌に攻撃を加えた。それも哲郎の得意技の一つである《魚人波掌》を、最高の状態で直撃させた。しかし、鳳巌にはまるで通用しなかった。彼はその理由を自分の身体には魔力が殆ど無いから(魚人波掌は相手の体内の魔力に衝撃を流し込む技)だと説明したが、哲郎には疑念があった。
果たしてそれが本当にその理由だったのか と。
(…………当たり前だけど、僕と凰蓮さんや鳳巌とじゃ体重が違い過ぎる。投げる事は出来たけど、僕に出来るのは
……………僕は本当にこの人みたいな人に
哲郎の言った
その攻撃によって今しがた、哲郎は黐詠を下したばかりである。しかし同時に、果たして凰蓮や鳳巌にも同じ事が出来るのかという疑念が湧いて止まらない。
(…………もしかしたら、
これまで様々な相手を下してきた手を見つめ、哲郎は心の中で一人呟いていた。