哲郎が単独専攻した時、虎徹と彩奈は依然として部屋で待機していた。その際、哲郎がした事の全てを
《転生者》として帝国に潜入する上でそれらの行為は致命的な情報の漏洩だったが、虎徹も彩奈も動こうとはしなかった。そこには当然こうなるだろうという《諦念》と哲郎の行動に間違いは無いという《信頼》が混在していた。
そして哲郎が凰蓮について行く事を認められた瞬間、二人の間に共通の決意が生まれた。それは哲郎について行く事はしないという決意であり、何もしないと同時に何が起こっても対処出来るようにするという決意だった。
***
『━━━━という訳じゃから、儂等は此の儘此処に残るとする。主は其の儘凰蓮の相手に専念しておれば良い。分かったら紙を一回叩け。』
虎徹から待機するという旨を聞かされた哲郎は返事の代わりに紙を一回指で弾いた。凰蓮に通話している事を知られても差し支えは無かった筈だが、これ以上彼の精神を不安定にさせる事を避けた結果だ。
紙を弾いた音は森の木の葉が風になびく音に掻き消され、凰蓮の耳に届く事は無かった。彼は依然として馬を走らせている。その最中、唐突に口を開いた。
「━━━━今は貴方の事は哲郎さんと呼べば良いでしょうか。」
「!
━━━━今はそう呼んで大丈夫です。ですが人前では《哲也》と、そう呼んで下さい。」
「分かりました。では一つ、質問に答えて下さい。
貴方は鳳巌の根城に行った訳ですが、その時得た情報を、例えば視覚、例えば聴覚、兎に角知っている事を全て私に教えて下さい。」
「!」
哲郎は凰蓮の言っている事の意味を瞬時に理解した。鬼門組は今現在、鳳巌の根城に向かっている。ならばその根城に実際に行った哲郎は貴重な情報を持っている事になる。そして哲郎も同時に、今自分は
「━━━━はい。まず最初に僕は━━━━」
*
哲郎は最初に大広間を見た事を話した。それだけではなく、じめじめしている状態からそこが地下である事、大量の男達が飲み食いしている事も話した。
「大広間ですか。それは良い目印になりそうですね。」
「その後僕は部屋に案内されました。檻の付いた部屋にね。」
「それからどうやって脱出したのかは長くなりそうですから今は聞かないでおきましょう。私が知りたい事は他にあります。
鳳巌の手下、幹部職の者に会いましたか。具体的に言えば、他の者に慕われていた人には。」
「! 一人会いました! 確か名前は━━━━」
*
哲郎が言った鳳巌の手下の幹部とは、《珂豚》の事である。彼は鳳巌に無断で違法賭博を仕切り、鴻琴の逮捕によってその情報が漏れ、鳳巌に命を狙われた(珂豚も同様に簸翠に暗殺を依頼した)。
それを哲郎は救ったが、それは凰蓮には言わなかった。凰蓮に聞かれた事は幹部に会ったか否かだけであり、余計な事は言うべきではないと判断した。
「…………成程、珂豚に会いましたか。其れでよく無事でいられたものですね。」
「おかげ様で。でも何のためにそんな事を聞くんですか?」
「……………私達鬼門組は、鳳巌の下に居る幹部の情報を全員分把握しています。無論の事、今回の奇襲で彼等も一網打尽にするつもりです。」
「はい。それがどうかしたんですか?」
「………率直にお聞きします。珂豚を見て、どう思いましたか?」
「??」
凰蓮は問いを繰り返すばかりで肝心な事を一切言おうとしないが、哲郎は取り敢えず彼の質問に答える事にした。他に出来る事も無く、なにより彼は信用に値する人間だと確信している。
「………何というか、あまり強そうには見えませんでした。太っていたし、鳳巌に怯えでばかりだったし……………」
「
「?」
「哲郎さん、私はね、今回の作戦において警戒すべきは
「!?」
*
凰蓮の話を要約すると以下の通りである。
彼の組織の下には
凰蓮はそう考えている。
*
「━━━━話が長くなりましたがつまり、奇襲が成功すれば確実に彼等に引導を渡せると、私はそう言いたいのです。」
「…………その人達が弱いって分かっていたならどうして今まで野放しにしていたんですか?」
「理由はいくつかあります。先ず、彼等は頭が回ります。逃してしまえば安全圏に逃げられてしまう危険性があります。それに戦闘能力が乏しいと言いましたが、一般隊員では手古摺る程度の力量は持ち合わせています。
そして最後に、此れが一番大きな理由ですが、
「………………」
「あ、見えました。漸く
「!!」
凰蓮が指差した方向に視線を向け、哲郎は眼前に広がる光景に目を見開いた。そこには大量の馬とそれに乗る男達が整列していた。