哲郎は目の前に立っている男に対して今まで相対した人々と遜色無い気迫を感じ取った。獣のような鋭い眼光と形相、針金のように上に伸びた茶髪、そして頭から生えた二本の角。男の外見の特徴としてその三つが挙げられた。
哲郎はその男の様相に直感的に鬼と牛を足して二で割ったようだという印象を抱いた。その直感は当たらずも遠からずと言う所だと言える。
彼の名は《
*
男の外見的特徴を認識し彼の肩書を推測し終えた哲郎は次に、彼の登場により視界に起こった異変を認識した。哲郎の目は彼の周囲数センチが、火を焚いて周りの空気が変形し周囲が揺れて見えるように揺らいで見えた。それは牛檑の気迫が哲郎の目に見せた錯覚である。彼の感情が哲郎の感情、感覚にすら影響を及ぼしたのだ。
その感情とは、強烈な《怒り》である。直後、その感情の奔流が彼の口から発せられた。
「━━━━なんだ此の様はァ!!!!!」
「!!!!!」
牛檑はその白目を真紅に染め上げ、顎が外れんばかりに口を大きく開き己の感情を吐露した。根城の通路という閉鎖的空間だった事も災いし、その声は幾度も反響し哲郎の耳を襲った。一瞬早く耳を塞ぎ辛うじて鼓膜の防御に成功した哲郎は精神状態を安定させ、目の前の男の心理の分析に努めた。
程無くしてその理由が自分、正確には
牛檑が己の中に渦巻く激怒を口から吐き出し、その反響が落ち着き掛けた頃、場は動き出した。
「……………こいつ等、儂を差し置いて自分達だけ逃げ出そうとしたのか。
━━━━《死》だな。」
「!!!!!」
牛檑は哲郎には見向きもせず、側に倒れている二人の男に視線を向けてその言葉を口にした。直感的に哲郎は牛檑が男達が自分達だけ逃げようとした事を自分、延いては組織全体への裏切り行為と見なし、粛清しようとしていると判断した。それが達成された後に場に如何に凄惨な光景が広がっているかは想像するに有り余る。
思考を完結させた瞬間、哲郎は駆け出していた。牛檑の思い通りにさせてはならないと自分にそう命令した。
『━━━━ゴッ!!!』
「!!!?」
牛檑は男の頭部目掛けて拳を振り上げていた。彼の筋力から放たれるそれが直撃すれば、一溜りも無く男の頭部が砕かれていた事は想像に難くない。しかし、哲郎がそれを阻止した。
いくら《転生者》の哲郎と言っても明らかに手練れの豪傑の牛檑と真っ向からの力比べをするのは余りに無謀であると、哲郎自身が理解していた。故に哲郎は彼の《二の腕》を狙った。拳を振り下ろす際、二の腕は拳より移動距離も速度も劣る。牛檑の懐に飛び込み二の腕の初動を抑える事により、彼の凶行を阻止する事に成功したのだ。
「……………………どういうつもりだ、餓鬼。」
「!!! (お、落ち着け!! あくまでも鬼門組の団員の振りをするんだ!!!)
決まってるでしょう。 貴方達の思い通りにさせないために
「不快極まりないな。儂の行動に異を唱えて良いのはこの世で唯一人だ!!!!!」
「!!!!」
自分の邪魔をされ、更に啖呵を切られた事により牛檑の激情は哲郎に向いた。一撃で人体を破壊できる凶器と化したその拳を哲郎に向けて振るう。哲郎はその
「ハァッ!!!!」
『ガゴッ!!!』「!!!」
哲郎は身体に覚え込ませた足さばきで牛檑の拳を躱し、無防備になったその顎に拳を叩き込んだ。牛檑自身の動きの速度とそれに《適応》し加速させたその拳は確かに牛檑の頭部を揺り動かした。しかしその感触を覚えると同時に、哲郎はもう一つ違和感を抱いた。即座にその違和感の正体に気付く。
今まで拳に伝わって来た相手の意識を断ち切る感覚が今回は無かった。即座にその理由が牛檑の首、正確にはその頸椎にあると理解した。外見からも分かるように、凰蓮や鳳巌と同様、牛檑の首は轟鬼族である事を加味しても凡そ人間というよりは魔物や猛獣のものと言うべき程に太く重厚さを放っていた。その首の太さ、頑強さが哲郎のカウンターの拳から己の脳や意識を守ったのだ。
「………………!!!」
「……………三等兵にしては良い角度を突いているな。だが浅い!!!!」
「!!!!」
攻撃の発射直後、無防備になった哲郎の腹に牛檑の渾身の蹴りが直撃した。