哲郎の《牛》という存在への認識は決して深いとは言えない。実物を見たのは一度機会があって訪れた牧場で乳牛を見た時だけであり、全身が茶色い屈強な牛の存在は知識でしか認識していなかった。その認識の浅さが
*
「……僕の《
「ああ。飽くまで分析の結果だがな。」
以下はエクスによる哲郎の能力、正確には負傷への《適応》の分析である。それは半ば推測であるが、帝国に単独で潜入する前では少なからず有力と言える。哲郎にとって《転生者》の先輩とも言えるエクスの口から語られるならば猶更だ。
「それを言う前にお前に聞いておきたい。戦いの中で死ぬような攻撃を受けた時、お前の身体にはどんな感覚が流れている?」
「えっ? それは━━━━」
エクスの言う通り、哲郎は戦いの中で様々な攻撃を受けた。全身に電撃を流された事も、両腕を爆破された事もある。一言で言うならば即死級の負傷である。それを受けた事実は哲郎の心に強く刻まれている。
それを想起しながら哲郎は口を開いた。
「一瞬とても痛い感覚が流れた後、何というか、上手く言えないんですけど、それが
「そうか。それで確信した。落ち着いて聞いてくれ。お前の能力の本質は━━━━」
*
牛檑の脚力は巨木であろうと鉄塊であろうと容易く蹴り砕く力を誇る。今回の状況に必要な情報のみを挙げるならば少年一人の臓器や背骨など一溜りも無く破壊される。それは火を見るよりも明らかだ。
ただしそれは、相手が
「うぐっ!? うがっ!!?」
「…………!!?」
牛檑は哲郎を渾身の力で蹴り飛ばした。哲郎の身体は吹き飛び、一瞬にして通路の奥の闇に消えた。それは誰の目にも明らかな事実だ。
しかし、牛檑の胸中にあったのは達成感や優越感では無く、《困惑》だけだった。その原因は彼の足を通して脳裏に伝わって来た違和感だった。
「━━━━ぐうっ!!!」
哲郎は
エクスは哲郎の能力、正確には身体の負傷への《適応》の本質を身体状態の変化と分析した。
痛覚に対しては《適応》が身体の耐性を引き上げ、身体的損傷に対しては身体の治癒力を爆発的に向上させ負傷を戻す。哲郎の《適応》の本質はそのようにして周囲の環境の異変に対して身体の状態を変化させる事にあると言うのがエクスの見解だった。
その分析を聞いた時、哲郎はエクスの言葉を疑いはせずともある種の《不気味さ》を覚えた。自分の身体が絶えず変化しているという事実は哲郎の心に少なからず衝撃を与えた。しかしその能力に幾度も助けられてきた事もまた事実である。故にその不気味さを心の中に押し込め、口に出す事はしなかった。
(………骨が折れてる感じは無いな。《海月》の受け流しが上手く行ったからか。出来ればカウンターを合わせたかったけど、これなら━━━━━━━━
「ッッッ!!!!?」
哲郎が《適応》出来るものは《負傷》や《重力》の他に、《速度》もある。その応用を編み出してから日は浅いが、自分より速く逃げるものには追い付き、発した音に追い付いて音速級の攻撃を繰り出し、自分に向かって来る高速の攻撃には対処出来るように《適応》した。
そして今回、哲郎に向かって超高速で向かって来る者の存在を辛うじて認識した。冷静に判断すれば軽く躱せる筈だったが、反応が遅れ身体が接触した。大型車のような
「!!!」
空中で意識を取り直し、哲郎はその時点でようやく
哲郎は目の前の男に直感的に茶色い猛牛を重ね合わせた。
「………………!!!」
「!!」
空中に弾き上げられた哲郎は傍から見ればとても戦える状態ではない。しかし牛檑は哲郎の状態を瞬時に見抜き、突き刺すような視線を哲郎に向けた。その目は人間というよりは血の気の盛んな猛獣のように見えた。そして直後に発した彼の言葉は哲郎の精神を動揺させるには余りに十分だった。
「……………不可解だ。お前のその身体、頑丈なんてものじゃない。 お前本当に組の下っ端か?」
「!!!」