異世界に適応する少年   作:Yuukiaway

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#361 The Crimson Arrow

大前提として、哲郎は己の(敵と比較した上での)非力さを誰よりも強く自覚している。初戦のゼースとの試合の時からそれを理解し、それ故に哲郎は決して慢心せず自分の力を最大限発揮する為の努力を欠かす事は無かった。

しかし一方で、哲郎にはとある《思い込み》が発生しつつあった事もまた事実だった。それは、自分の戦法による攻撃が完璧に決まればそれ相応の成果がもたらされるという思い込みだ。

 

そして今、哲郎の前に広がる光景がその思い込みが単なる幻想に過ぎなかった事を雄弁に語っていた。哲郎の前には牛檑という男が両足で立って殺気を向けている。

哲郎は牛檑相手に奮戦した。相手に合わせた打撃も攻撃の勢いを乗せた投げも完璧に命中させたと自負出来る。それでも尚、牛檑は無意識とまではいかずとも明瞭に意識を覚醒させて哲郎に向かい合っていた。

それが哲郎に轟鬼族という人種の頑強さを示していた。

 

「………………!!!」

 

牛檑と相対した哲郎の脳裏にあったのは、如何にしてこの男を制圧するか、それだけだった。牛檑の頑強さに肝を抜かれてはいるものの、《適応》を持つ哲郎の命に彼の手が掛からない事は慢心などでは無く客観的事実として断言出来る。ならば哲郎にとっての最悪の事態とはこの凶悪な猛獣のような男が、今 乱戦の場と化している大広間に侵入し一般の団員達に危害を加える事であり、求められるのはその事態を未然に防ぐ事だ。

だからこそ、牛檑の次の一言は哲郎にとって最悪の一言になった。

 

「………………止めだ。」

「!!!?」

 

それは哲郎の精神を強烈に揺さぶる一言だった。牛檑の口から発せられたのはたった三文字だったが、その三文字はこの場の状況と合わさる事によって最悪の意味を持つ言葉へと変化した。

 

「お前の力量は十分に分かった。頑強さは認めるが非力だ。これ以上やってもまるで意味がない。広間へ行き、不遜な狗共に引導を渡す事が先決だ。

どけっ!!!!」

「!!!」

 

牛檑は再び地面を蹴り飛ばして己の最大火力を哲郎に発揮した。哲郎にはそれを無傷で受け流せるだけの能力があるが、彼の目には牛檑の行動が最悪の未来を引き起こす現象に映った。

今まで異なっている(であろう)事は、牛檑の哲郎を弾き飛ばした次の行動はその勢いのままに大広間に向かうだろうという事だ。それを阻止する為に哲郎は身を挺して彼の前に立ちはだかる。

 

「かかったな!!! 死ねッ!!!!」

「!!!?」

 

牛檑の目的は強行突破では無かった。哲郎がそれを最も恐れている事を見抜き、それを仄めかす事によって哲郎の隙を作りだした。突進の勢いを殺す事無く身体を縦に回転させて踵を振り下ろす蹴りを哲郎に見舞う。

 

「!!!」

『ズドォンッ!!!!』

 

哲郎は牛檑の蹴りに反応し、冷静さを取り戻しながら身体を後ろに引いてその蹴りを躱した。しかし牛檑はその事も予見していた。蹴りを躱した瞬間目の前に広がった光景が哲郎にそれを教えたのだ。

 

(!! これは━━━━!!!)

 

哲郎の目の前に広がったのは土煙による煙幕だった。牛檑の蹴りの衝撃がそれを巻き起こしたのだ。濃密な煙幕は哲郎の視界を完全に覆い、牛檑の姿を隠した。彼はこれを狙っていたのだ。

 

(いや、焦る事は無い!! 彼の目的は向こうに行く事の筈だ!!

なら絶対に僕の方に向かって来る!! そこを攻撃すれば何の問題も無い!!!)

 

哲郎のその予測は当たっている。牛檑の目論見が大広間に行く事に変わりはない。彼の攻撃対象は依然として哲郎である。その事実が変わらない限りは優位性は哲郎の方にある。今度こそ自分の持てる最大の攻撃を命中させ牛檑を制圧する。それが哲郎に求められる唯一の役目だ。

 

そして程無くしてその役目が果たされる瞬間は訪れた。少なくとも哲郎の目にはそう見えた。土煙の僅かな揺らぎが哲郎にそれを教えた。それを見て反射的に身構える。

だからこそ哲郎は次の攻撃(・・・・)に対応する事が出来たのだ。

 

「!!!!

ッッ!!!!?」

 

その攻撃は明らかに牛檑の身体から放たれたものでは無かった。哲郎の目が辛うじて捉えたのは赤黒い()だった。高速で迫って来るその点に哲郎は辛うじて反応し、身を引いて躱した。直感的に哲郎はその攻撃が弓矢の類だと断定した。その武器は帝国では一般的なものだが、疑問に思ったのは牛檑がそのような武器を用意していたのかという事だ。

 

(な、何だ今の攻撃は!!? 何かの武器か!? 弓矢!!? あんなものを一体どこに隠し持って━━━━━━━━)

「!!!?」

 

土煙が晴れてようやく哲郎はその攻撃が牛檑が放ったものでは無い事を理解した。牛檑の惨状(・・)がそれを物語っていた。

 

「…………………………………!!!!! ガハッ!!!」

「……………………………!!?」

 

牛檑はそれまでの自信満々の表情が噓のように顔を青くさせ、大量の汗を噴き出していた。それ以上に目を引いたのは彼の胴に空いた穴だった。それは丁度、矢が貫通した(・・・・・・)ような大きさの穴だった。

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