遅れながらもここで牛檑の服装の詳細を記載しておく。簡潔に言うと彼の服装は軽装であり、とても武器を仕込めるような余裕は無かった。
特に上半身は獣の皮に最低限の処理を施しただけの上着一枚に覆われたのみであり、袖は無く丸太のような褐色の腕が覗いていた。故に哲郎は牛檑が武器を隠し持っているという可能性を無意識の内に捨てていた。武器を隠す為に必須の袖が無いからだ。
だからこそ哲郎は牛檑が巻き起こした煙幕から唐突に
しかしその謎も煙幕が晴れて即座に解けた。先程の矢は牛檑が放ったものでは無かった。哲郎は辛うじて反応し《適応》して躱したが、牛檑はその限りでは無かった。牛檑は胴に(矢に貫かれたであろう)風穴を開け、脂汗を垂らしながら苦悶の表情を浮かべていた。
「……………………!!?」
「━━━━━━━━ガァッ!!! お、お、お前、何を━━━━!!!?」
哲郎は目の前に広がる光景を情報として処理する事に全力を費やしていた。しかし理解出来たのは先程の矢を放ったのは牛檑では無かったという事だけだ。対する牛檑は体内から湧いて出た出血が口から噴き出た後、『お前、何をした』というような事を
『ズドドドドドドドドッ!!!!』
「!!!! !!!! !!!! !!!! !!!!! !!!!! !!!!! !!!!!」
「ッ!!!?」
瞬間、哲郎の視界に唐突に、不自然に
それを理解した瞬間、哲郎の脳は五体に矢の回避を命じ、身体はそれを滞りなく履行した。先程の矢を《
それはやはり、正真正銘の矢だった。赤黒い色で不気味な金属光沢を放つ殺傷力の結晶のような物体が八つ地面と平行に飛んで行く光景を哲郎の《適応》した
八つの矢が通路の闇に消えて行き、哲郎は自分が窮地を脱した事を理解した。しかし直後、哲郎の意識は後方に向けられる事になる。そこにあったのは哲郎が最も嫌悪する《現象》だった。
「━━━━━━━━グフッ!!!」
『バタンッ!!!』
「!!!!」
それは人の死、生命の喪失だった。正確には今にもそれが起こりそうな状況が哲郎の眼前に広がっていた。
哲郎は二度、友人となった人間と死に別れている。一人は病気で、一人は事故でだ。その経験は彼の心に深く刻み込まれ、無意識の内に《死》に強い嫌悪感を持つようになった。
無論哲郎も全ての生物には例外無く寿命というものがある事は理解している。当人にその自覚は無いが、哲郎は正確にはひとがその天寿を全う出来ない事を一番の悲劇と考えているのだ。その思想は戦闘続きの世界に訪れた事によって、自他共に殺害を強く嫌悪する感情へと変化した。
そして今、哲郎の目の前には全身を矢に貫かれ、地面に倒れ伏した牛檑が居る。それを視認した瞬間、哲郎は半ば反射的に駆け出していた。哲郎は牛檑の身体を通過して更に移動するが、その目的は牛檑の救済だ。そこに敵味方や善悪の概念は無く、唯人を死なせたくないという衝動だけがあった。
*
「ハァッ!! ハァッ…………!!」
数十秒後、哲郎は牛檑の救済に必要なものを手に持って戻って来た。その手にあったのは上着だ。先程の下っ端の男達が着ていた上着を拝借して来た。牛檑の側に着くや否や、手に持った上着を細長く裂いて結び、簡易的な包帯を作る。それを牛檑の傷口に巻いて止血を図る。轟鬼族特有の頑強さ故か、手首を触ると命に別条が無い事を知らせる脈が伝わってくる。
(良し! 後は………………)
傷口に包帯を巻き終えた哲郎の目は元の牛檑を見る目に戻った。意識の無い彼の手首を後ろに回し、包帯三本を三つ編みにして作った縄で拘束する。それが凶悪犯牛檑に対する、哲郎が出来る最大限の慈悲だった。
(終わった。こんな縄簡単に千切られるかもしれないけど、ひとまずはこれで良しとしよう。そんな事より━━━━!!!)
牛檑との戦闘は一先ずの終わりを迎えた。哲郎は懐から虎徹に渡された紙を取り出し、通信を試みる。話題は言うまでも無く牛檑を襲った謎の矢についてだ。牛檑の命を繋ぎ止める為に奔走していた最中、哲郎は自分がその矢に心当たりがある事に気付いた。
「虎徹さん!! 聞こえますか!?」
『哲郎か。何かあったか? もう件の根城に着いたのか!?』
「はい。今、そこから掛けています。落ち着いて聞いて下さい。まず間違いなくこの根城のどこかに、敵の《転生者》が居ます!!!」