哲郎が単身鳳巌の根城に潜入している時、虎徹と彩奈は陸華仙の個室に居る。本来ならばそこに三人とも居なければならないが、虎徹の能力により哲郎の不在を偽装している。
一体自分はいくつの顔を持ち合わせなければならないのか と。
「食らえ!! 狗がぁっ!!!」
「!!!」
哲郎が今立っているのは闘技場の観覧席などでは無く、帝国一の警察組織と犯罪組織が真っ向からぶつかり合う戦場だ。そして今の哲郎は傍目には鬼門組の一隊員に見えている。その現実へ哲郎を引き戻したのは一人の犯罪者の怒声だった。
振り向いて見えた顔は元来のものに加えてこの状況への焦燥も相まって正視に堪えない程に醜く、手に持った棍棒は血に染まっていた。
「うりゃっ!!!」
「!!!?」
哲郎は武器を振り下ろす男との距離を詰め武器を無力化し、その手首を掴んで慣れた動きで身体を翻した。哲郎にとっては何度も繰り返している動きでも相手にとっては初見の攻撃である。意識が攻撃に集中していた為に動きに対応出来ず、背中から地面に叩き付けられた。
(………まずいな。 凰蓮さんの側に居なきゃいけないのは分かってるけど、ここは目立つし危険すぎる。もっと目立たない場所に移動しないと……………)
周囲で激闘が巻き起こり、誰もが自分の事で精一杯になっている状況が幸いし、
今の哲郎に求められるのは凰蓮に万が一の事があった場合に即座に対応出来、その上で人目に付かない、そのような環境だ。自分で言って尚実感する程に都合の良い場所を要求している。しかし責務をより迅速に、且つ確実に遂行する為には可能性を模索する事が求められる。
たとえ要求したものが見つかろうと見つかるまいと、いずれにせよ状況は
***
「…………虎徹さん、何やってるんですか?」
場所は鬼門組 陸華仙の個室。そこには帝国民の虎徹と
そして虎徹は今、両手を組んで目を閉じて何かを念じている。明らかに何かしらの能力を使っている。
「うむ。外の声を聞こうと思うたのでな。」
「外の声?」
虎徹は《墨汁》の能力で『聴』と記し盗聴器のような効果を与えた札に更に『操』という文字を書き、遠隔操作のような力を与えている。それによって陸華仙の門番の隊員の会話を傍受しようという考えだ。
「そ、そんな事まで……………!」
「否、こんな物、大した消耗にもならんぞ。書いたのは一文字だけじゃし、碌に攻撃力も付与しておらん。」
「……………」
自分の《
「お! 早速何か聞こえて来たぞ。主も聞け。」
「は、はい…………!」
今ここで劣等感に苛まれたところで何にもならない。そう自分に言い聞かせ彩奈は耳に入って来る情報に集中する。虎徹が傍受した陸華仙の門番達の会話が札を通して聞こえて来る。
『━━━━おっかしいな……………………』
『? どうかしたか。』
『いやいや、どうしたも何も例の鳳巌の娘、全然連行されて来ないじゃないですか。来ないにしても何かしら連絡があっても良い頃なのに………………』
『確かにそうだな。制圧は滞りなく行われたと聞いているが…………』
鳳巌の娘
その言葉が聞こえた瞬間、虎徹と彩奈の神経は張り詰めた。他でも無い彼女の存在が哲郎の単独行動の原因である。しかしその会話は同時に哲郎が滞りなく彼女を制圧した事を示していた。
『伝令!!! 伝令!!! 伝令!!!!』
『!!!?』
瞬間、尋常ではない剣幕の必死な声が二人の鼓膜を震わせた。微かに聞こえた蹄の音からもそれが馬に乗って様子を見ていた隊員の声であると分かる。
『何だ!? 一体何があった!!?』
『お、お、お、お伝えします!!! 鳳巌の娘を連行しに向かった隊員が襲撃を受け、被疑者が姿を消しました!!!』
『!!? 何ですって!!?』
『くそっ!!! あの娘、何と往生際の悪い……………!!!』
被疑者の失踪という文言から門番達は黐詠が脱走したと直感した。しかし事実は異なる。そして直後語られた証言に、その話を聞いていた全員が驚愕する事になる。
『いえ、それが隊員の話では、襲撃したのは例の娘では無く━━━━━━━━!!!!』
『!!!!?』
直後、隊員の口から発せられた名前に全員が驚愕した。
何故ならそれは鬼ヶ帝国の政治に密接に関わる人物の名前だったからだ。