情報はいつ何時も武器になり得る。これは哲郎が激動の日々の中で得た教訓である。
哲郎は最初、これと同じような旨の記述を友人から勧められた小説作品で読んだ。当初は飽くまで創造上の主張でしか無く、疑いはせずとも自分には無関係な事だと思っていた。しかし今、哲郎はその主張を全面的に肯定している。自分の求める
(落ち着いて考えるんだ。あの時見えた事を整理して考えれば、きっと━━━━)
哲郎は脳内で最初に鳳巌の根城に連れられ、目隠しを外された時の事を思い起こしていた。その瞬間に見えた場所こそが自分が今居る大広間である。即ち哲郎はこの場に来るのは初めてでは無い。その事実が重要な武器になり得ると考えていた。
哲郎は今、大広間の中心地で鳳巌と交戦している凰蓮を見守りつつ人目にも付かない場所を求めている。そのような都合の良い場所が果たしてあるか無いか、その可能性を模索している。
(あの時見えたものを思い出すんだ。大広間の内装とか、どこに何があったとか、どこにどんな人が居たかとか━━━━)
哲郎は当時も今も決して気など抜いていない。自らの意思で敵地に潜入する事を決意した手前、五感の全てを働かせてあらゆる情報を得る義務が自分にはあると、強く言い聞かせてそれを実行した。
地下をくり抜き開拓した内装の段数、鍋を炊く竈の数、そこに集まっていた男達の配置、それらは最初の時と今回とでほとんど変わっていない。しかしそれが分かった所で思考が行き詰まる。いくら視点を変えて考えても哲郎の求める理想の隠れ場所は見つからない。
(━━━━やっぱりダメだ!! あの時ならともかく今はその倍以上の人目がある!! これだけの人の目を搔い潜りながら凰蓮さんを見続けるなんて不可能だ!!
あとあの時と変わった事と言ったら、凰蓮さんが開けたあの大穴くらいしか━━━━━━━━)
「!!!」
哲郎の言う大穴とは、この根城に潜入する際、凰蓮が強行突入する為に己の馬鹿力で地表から開けた大穴の事だ。それに言及し始めた次の瞬間、哲郎の思考は中断された。
その穴が
(そうだ!! ある!!
***
人間というものは一つの思考に集中すると周囲の状況の変化に気を配る事が難しくなる。それが自分の一生や生命を左右する一大事ならば猶更だ。
そしてそれは根城にて乱戦を繰り広げている屈強な轟鬼族も例外ではない。鳳巌の配下の犯罪者達は自分達が逮捕される未来に抗い、鬼門組の隊員達もまた命がけの職務を全うしている。
誰もが自分の事で精一杯となっているこの状況下で誰も顔を知らない名も無い隊員が一人姿を消した所で誰も気付かず気にも留めない。その事実を
(良し!! ここは最高の隠れ場所だ!! この高さなら誰も気付かないし、万が一の時には二人を助けに行ける!!!)
結論から言うと、哲郎が見つけた最高の隠れ場所は
その天井へ哲郎は
「!」
自分の目論見が成功した事を喜ぶ暇も無く、懐に入れた札が通信を受け取った。出るまでも無く相手は分かる。この札に通信の機能を付与した虎徹だ。
「虎徹さん、どうかしましたか。僕は今、凰蓮さんの様子を━━━━」
『哲郎!!! 全て後じゃ!!! 即座に戦闘態勢を整えろ!!!!』
「!!? ど、どうしたんですか!!?」
哲郎の耳に飛び込んで来たのは予想とは異なる虎徹の狼狽した声だった。普段の冷静沈着な彼女からは大きく乖離した表情が浮かび上がる。
『良いか!!? 心して聞け!! 敵の《転生者》の正体が分かった!!!』
「!? 何言ってるんですか。その人が今ここに居るから僕はこうして正体を探ろうと━━━━」
『其れは主の思い違いじゃ!!! 其奴は主を出し抜いたのじゃ!!!
良いな 心して聞け!! 敵の正体は━━━━━━━━』
「!!!!?」
哲郎が聞いたのはそこまでだった。何故なら哲郎はその時目の前で起こった事を認識、処理出来ず、手に持っていた札を取り落としてしまったからだ。虎徹が敵の正体の名前を発する際、札は哲郎の手から離れ、風に煽られて宙を舞った。
しかし哲郎はその事実すら認識出来なかった。彼の意識もまた目の前、即ち眼下で起こっていた事に集中していたからだ。
その時、鳳巌の身体を一筋の赤い矢が貫いていた。