哲郎は、大前提からして間違っていた。
牛檑の身体を背中から赤い矢が撃ち抜いた。哲郎はそれを敵の《転生者》がその場に居て背後から狙撃したが故であると考えた。それが敵の仕掛けた罠だった。
ならばどのようにして敵はその場に居ずにして牛檑を撃ち抜く事が出来たのかという疑問が残るが、それは最早問題ではない。哲郎の頭にあったのは鳳巌の身体が撃ち抜かれたという、その事実だけだった。
*
ある者は自らの職務を全うする為に、ある者は自らの未来を守る為に、各々が各々の目的の為に奮闘していた。彼等に共通している事は自分の目的で思考を埋め尽くされていたという事だろう。
その彼等の思考では、この場における
反応し、尚且つ適切な行動が出来たのは哲郎だけだった。その時、哲郎は既に茶色のマントに身を包んだ不審な人影を見つけていた。
『━━━━ズガァンッ!!!!』
『!!!』
哲郎は最短距離を高速で飛び、マントの人物に渾身の蹴りを叩き込んだ。理屈では無く直感が、目の前の人物こそが敵の《転生者》であると訴えていた。
見覚えの無い隊員が突如として天井から、同様に今まで居なかった不審な人物を攻撃した。その際の轟音がその場に居た者達の耳に届き、状況の変化に気付く者が現れ始める。
不審な二人は勿論の事、鳳巌が攻撃を受けたという事実も伝播し、驚愕の声が響き始めるが哲郎の耳には届かなかった。哲郎の意識は目の前の人物の正体を暴く事に集中していた。
その人物の顔はマントに着いたフードで隠されていた。蹴りが生んだ一瞬の隙を突いてそのフードに手を掛ける。
「《転生者》!!! 正体を見せろ!!!!」
哲郎は必死の思いでその人物の頭部を覆う布を剥ぎ取った。哲郎は脳内で必死に追いかけた敵の素顔を未来に思い浮かべた。しかし、その未来と目の前の光景は合致しなかった。
「ッ!!!?」
哲郎は激しく狼狽えた。彼の視界に飛び込んだのは、黐詠の顔だった。仮に
黐詠は明らかに正常な状態では無かった。顔面を中心に全身に青筋が浮かび上がり、白目は真っ赤に充血している。目の焦点はまるで合っておらず、口からは唾液も漏れている。哲郎はその状態に見覚えがあった。
(こ、この状態、あの操られていた男の人達と同じだ!!! つまり黐詠さんは囮!! また出し抜かれたのか!!!)
「な、なんだあいつ!?」
「どこから現れた!? どこの隊の奴だ!!?」
「!!? あれは、鳳巌の娘!!?」
「お、おい見ろ!! 鳳巌が撃たれているぞ!!!」
「!!!」
自分という不審な隊員の存在、連行された筈の黐詠がここに居るという事実、そして鳳巌が撃たれたというこの状況における最大の変化。
その場に居た者達がそれらの事実を認識し、認識は動揺に変わり、動揺は混乱へと成長する。その混乱の渦中に自分が居る事を哲郎は認識した。敵の《転生者》の正体が判明していない中で行動を制限される、この状況を敵は求めていたのだ。
「今が好機だ!!! 鳳巌を拘束しろ!!!!」
「!!!
だ、ダメだ!!! 近付かないで!!!!」
状況の変化を認識した、組の中の権力のありそうな男の声が響く。それに連鎖するように鳳巌の近くに居た隊員達が一斉に駆け出す。
それが鬼門組の人間として当然の行動である事は哲郎も理解している。それでも尚、哲郎はその行為を肯定出来なかった。それが実行された次の瞬間に最悪の未来を見たからだ。
『!!!!!』
「!!!!」
結論から言うと、哲郎の予測は当たっていた。
隊員達が駆け寄った瞬間、鳳巌の身体から真っ赤な刃が放たれ、隊員達の身体を斬り付けた。不幸中の幸いを挙げるとすれば、哲郎の言葉に辛うじて反応し止まろうとした為に刃が急所を外れ死者が出なかった事だろう。
「ガッ!!」
「ウガッ!!」
「グゥッ!!」
赤い刃を受けた隊員隊はくぐもった声を漏らしながら地面に倒れる。しかし哲郎は彼等に意識は向けなかった。
それは不人情故では無い。彼等もまた多少の負傷は覚悟の上でこの根城に来ている事は間違い無い。それだけでなく哲郎は轟鬼族の身体の頑強さを理解している。
だからこそ哲郎は己の責務に集中出来た。
(よ、良し!! あの人達は一先ず大丈夫だ!!! これも《転生者》の仕業に決まっている!!! なら次に狙うのは━━━━)
「!!!」
その瞬間、意識だけが先行し時間が引き延ばされたかのような感覚の中、哲郎の目は確かに見た。先程の黐詠と同様にマントで全身を覆い隠し、手に刃物を持って凰蓮を狙っている不審な人影を。
それを認識した瞬間、駆け出していた。今度こそ敵の正体を暴く、その目的の為に。
『━━━━━━━━ガッ!!!』
「!!!」
凰蓮の背中を赤い刃が貫く、その悪しき手を哲郎が止めた。手首を掴み、筋力が拮抗する。帝国に足を踏み入れてからこの時まで、求めて止まなかった瞬間が遂に訪れた。
「………ようやく会えましたね、《転生者》!!!」
「………初めましてだな。《CHASER》、