ノアの口から飛行魔法は希少だと聞かされ、その直後に《適応》によって重力の束縛から解放された時、哲郎は心の何処かで断定していた。空に浮かび上がればそう易々と自分の有利は覆らない、と。
しかしそれは、あくまでも魔法という超常現象
今、空に浮かび上がった哲郎を追撃しようとする者が、哲郎のいる上空に立ち入ろうとしている者が居る。
*
『……………………!!!』
それは、誇張抜きに地獄絵図と形容出来る光景だった。
己の身体に流れる血を蝕まれ、理性も感情も軒並み奪われた獣同然の男達が重なり合って空を飛んでいる哲郎を狙っている。今この瞬間にも自分の視界の外では常識外れの重量に耐えかねて身体を潰されている人間がいるかもしれない。自分の身に迫る危険は勿論の事、そのような懸念も哲郎の心を追い詰めていた。
「信じ難いですね。人を操るだけで此処迄の事が可能になるとは……………!!」
「凰蓮さん、やるしかありません。僕達片手が塞がってますけど、このまま彼等を相手にするしか………………!!」
「! そうですね。彼の状態の彼等が根城の外に出れば市民に甚大な被害が………………!!!」
哲郎達を追っている男達の半分は、本来悪しき者達を捕らえ市民の安全を守る使命を与えられた鬼門組の隊員達である。しかし今の彼等は意識を廠桓の血液に塗り潰され、目の前に立ちはだかる者を攻撃する事だけを許された傀儡と化している。
哲郎に腕を引かれ、未知の領域である空中に居る凰蓮だが、二つ返事で哲郎の提案を快諾した。鬼門組の総監として、一般市民の安全は勿論の事、隊員達の尊厳を守る使命もあると自分に言い聞かせた。
「バーカ。誰がこいつら使って戦うっつった。」
『!!?』
『ドゴッ!!!』「!!?」
瞬間、哲郎の身体は衝撃を受け、凰蓮の腕を離してしまった。攻撃される直前に聞こえた声から相手が廠桓である事は辛うじて判断出来た。ならば問題は彼が如何にして哲郎の居る空中に立ち入ったかである。その答えは彼の足の状態が示していた。
「!!! それは……………!!!」
「驚いたか。まぁ一言で言や、空の飛び方は一つじゃねぇって事だ!!」
廠桓は血の鎧を纏い、哲郎と同じ高度まで浮上していた。彼は足の裏から絶えず血液を噴出させ、その勢いを利用して空中へ浮かび上がったのだ。
(血を足から噴き出して!! マリンスポーツのフライボードみたいに……………!!!)
「哲郎さん!!」
「!!」
周囲を真紅に染め上げながら浮遊している廠桓に集中していた哲郎の意識は凰蓮の声の方に向いた。視線を向けると既に凰蓮が地上で操られた男達を相手にしている。
「私は此の儘彼等を引き付けます!! 貴方は彼の相手を!!!」
「!! はい!!」
「やっぱり雑兵じゃ相手にならねぇか。だが無駄だぜ。
そいつらは脳や神経で動いてるんじゃねぇ、俺の血で動いてるんだ。意識を奪っても止まる事はねぇよ!!」
『!!!』
生きている人間を意識や体の状態の一切を慮る事無く強制的に動く傀儡へと変えた。
まるで武勇伝でも語るかのようにその卑劣な行為を宣言する廠桓に哲郎は益々憤怒と警戒心を募らせる。その精神状態の変化に合わせるように、身体は自然と構えていた。
「おー? なんだそりゃ。凰蓮の口車に乗って差しで俺とやり合う気になったか?」
「当たり前でしょ。僕は《転生者》なんですから!!!」
「そうかい。だったら同業《転生者》君にいいもん見せてやるよ。
さっき見せた《身体能力強化》にこの《ジェット噴射》を掛け合わせるとどうなると思う?」
「!?」
『ドガッ!!!!』「!!!?」
それは廠桓の回し蹴りだった。哲郎の反応速度すら上回って彼の脇腹を捕らえ、そのまま哲郎の身体を数メートルも吹き飛ばした。
空中を回転しながら後方に吹き飛んだ哲郎は強引に身体の勢いを止め、廠桓に向き直る。視線の先では変わらず彼が不敵に佇んでいた。哲郎は血の兜の下に廠桓の嘲るような笑みが浮かんで見えた。
「………………!!!」
「はっはっは!!
驚いたか!? お前の能力でこれと同じ事が出来るか!!?」
哲郎は即座に廠桓の発言の裏にある意図を見出した。彼は自分が能力の応用性において哲郎を上回っていると宣言しているのだ。実際に哲郎は心の内でそれを認めていた。
(…………あの血の能力、出来る事が多すぎる………………!!!
➀血を練り固めて作った矢や刃物
②自分に流れる血の量を操った身体能力強化
③相手の身体に血を流し込んだ身体の操作
④凰蓮さんの攻撃を防ぐ硬度と流動性を利用した魚人波掌の対策を兼ね備えた血の鎧
⑤血をジェット噴射を利用した浮遊・攻撃の威力の底上げ
間違い無くあの人の能力の使い方は僕より上だ………………!!!)