言うまでも無く、彩奈は鳳巌に付き従う凶悪犯達の存在を知らない。しかし、たった今目の前に現れたその男がただ者では無い事は直感で分かった。彼の口に携えられた牙はまるで猛獣を彷彿とさせ、文字通りに血走った眼光はそれだけで彩奈の生命に直接届いてしまいそうな迫力があった。
彼の名は《
(こ、この人の
「ブルアアアアアアアアアアアアアアアァァァァァッッッ!!!!!」
「!!!!!」
目の前の男のその状態がつい数時間前に鬼門組 陸華仙を襲撃した暴徒達と全く同じであり、それが敵の《転生者》廠桓の血を操る能力である事に彩奈は辛うじて気付いた。その次の瞬間、烽鰐は一瞬の内に彩奈との距離を詰めていた。
小細工の類は一切無い、一直線の突進だった。そこに戦術や作戦などは無く、理性の無い野性そのものの動きだった。
「ふんっ!!!」
『ガァンッ!!!』
「!!!」
烽鰐の攻撃は口を限界まで開き、そこに携えた牙で首筋の頸動脈を狙う単純明快なものだった。しかし、その攻撃は彩奈へは届かなかった。
虎徹が烽鰐の攻撃を防いだ。羽織っていた上着を背負い投げの要領で繰り出し、烽鰐を迎撃した。本来、布の造形物である上着で攻撃を防げる筈など無いが、彩奈はその現象を疑いはしなかった。
上着の裏に黒い文字で『
「はあっ!!!」
『ドゴッ!!!』
虎徹の能力を与えられた上着で防御される。それは鋼鉄の盾に無防備に突進しているようなものである。
攻撃の反動を諸に受けた烽鰐は仰け反り、無防備な腹部を虎徹に晒した。一瞬の隙を突いて虎徹は烽鰐を蹴り飛ばした。しかしそれで満足はせず、即座に爪に新たな《墨汁》を溜めて地面に繰り出した。
「虎徹さん!? 何を━━━━」
「彩奈!! 即座に儂とお前を部屋の外へ
「!!? は、はいっ!!!」
烽鰐は再び全速力で虎徹達に突進を試みていた。しかし彩奈は慣れた手付きで虎徹と自分自身に触れ、《転送》の能力を発動する。その速度は辛うじて烽鰐の攻撃を追い越した。
《転送》の行き先は自分達が今居る個室の前の廊下だった。部屋に案内された時に廊下は《行った事のある場所》となり、条件を満たしている。彩奈の独断でその場所が選ばれた。
「━━━━ふぅっ!! どうにか間に合ったな━━━━」
『ズガァンッッ!!!!!』
「!!!!?」
その音が烽鰐が勢い余って個室の壁に激突した音だと容易に想像出来た。つい先程まで居た部屋の中で一人暴れ回る烽鰐の姿を彩奈は壁の向こう側に思い描いた。
「ま、まずいですよ!! 早く離れないと━━━━!!!」
「否、其の心配は無い。彼の部屋全体に
「!! そ、そうなんですね………………!」
虎徹が彩奈を安心させようとそう言っている間も、部屋からは幾度も衝突音が鳴り響く。今にも突破されそうな不安が襲って来るが、この状況で虎徹の能力以上に信用出来るものも無い。
「おい君達!」
「! 苺禍さん!」
部屋の前で次の行動に迷っている二人の元へ駆け寄って来たのは鬼門組 陸華仙の隊長の一人、苺禍だった。半鐘が告げる異常事態が用人警護の役目を持つ部屋に危険が及んでいないか確認に来たのだ。
「何をやっている!! 今外は危険だ!! 早く部屋に戻って━━━━」
『ガァンッ!!!! ガァンッ!!!! ガァンッ!!!!!』「!!!?」
「戯けが。其の部屋が危険じゃから外に出て来たんじゃ。」
「そうだったか。一体中で何があったんだ!?」
「そ、それは━━━━!!」
彩奈は緑色の髪をした男がいきなり襲って来た事、彼の状態が普通では無かった事、彼の隙を突いて部屋から出て来た事を《転生者》の要素を濁しながら話した。
「緑の髪だと!? まさか烽鰐か!!? 奴が此の部屋の中に居るのか!!?」
「名前は分かりませんけど、恐ろしい人でしたよ……………!! 一体誰なんですか……………!?」
「鳳巌に付き従い、その力を盾にして好き放題やっている連中は大勢居るんだが、その中でも一万艮(一億円相当)以上を超える懸賞金を懸けられている凶悪犯が七人居る。烽鰐はその内の一人だ。
……………そうか。
「!!? 奴だけ!? どういう意味ですか!!?」
苺禍の言葉の裏にある意味を、彩奈は心の奥底で感じ取っていた。しかしそれを認めたく無いが故に苺禍に聞き返していた。
そして苺禍の口から発せられた言葉はやはり、彩奈の予想通りのものだった。
「言葉通りの意味だ。烽鰐と同じように万艮超えの賞金首に《