《適応》を自分しか守れない能力と揶揄した。哲郎はその指摘を否定する事が出来なかった。
勿論、この能力によって何度も命の危機を救われたその事実を否定する気は無い。しかし《適応》が人の役に立った事は数少ない。挙げられるとすれば山賊団から彩奈を救う為に猛獣の速度に《適応》し彼女を救い出した、その程度しかない。
増してや今回はその乏しい成功体験も意味を成さないと自覚していた。今回、哲郎に求められるのは大勢の人間の根城からの脱出を阻止する事である。哲郎にもこれ程大勢の人間の相手をした経験は無い。
更に哲郎の相手は唯の人間とは違う、廠桓の血液に操られている人間である。哲郎には辛うじて首を絞めたり投げ落としたりして意識を奪う方法があるが、それも意味を成さない。意識を奪っても血で身体を操られるからだ。
「……………………!!!」
「諦めな!! そもそもテメェみたいなガキに出来る事なんざ限りがある!!!
テメェ一人で俺を止めてこの国を救うなんて端から無理な話だったんだよ!!!」
「!!!」
廠桓のその言葉を否定する為には操られる男達の脱出を完全に阻止するしか無い。しかし今の哲郎にそれを実行する自分の姿が思い浮かばなかった。それが自分の無力さを肯定すると分かっていながらだ。
「━━━━確かにそうやも知れんな。」
「!!?」
瞬間、常識では有り得ない現象が次々に哲郎の目に飛び込んで来た。
まず、根城の出口に向かって一斉に駆け出していた男達の動きが止まった。それはまるで先頭が見えない壁に衝突したようだった。そのまま集団は将棋倒しになり、その体重の衝撃を根城全体に響かせた。
しかしそれ以上に、その直後に起こった現象が哲郎に更なる衝撃を与えた。地平線とも見紛う程遠い先頭に居た男達が一瞬にして消えたかのように哲郎の目には映った。それだけでは無く、男達が廠桓の血に操られるがままに前方へ失踪する度に姿を消す。
その謎の消失現象が十数秒に渡って続き、漸くその現象を引き起こした人間が姿を現した。
「……………!!!」
「馬鹿な!! 何故此処に……………!?」
「……………やっぱりお前だったか。」
そこに居たのは虎徹だった。彼女の周囲には何枚もの紙が舞っていた。哲郎の目は辛うじてその大量の紙の一枚一枚に『壁』『檻』『小』の三文字が書かれている事を視認した。
その三文字が虎徹の能力であり、操られていた男達は全員彼女の能力が付与された紙の中に居るのだと結論付けた。
「虎徹さん………………!!!」
「此の戯けが。哲郎、其の男の言う事にも一理あるぞ。
《転生者》とて万能の神ではないのじゃ。主一人で此の場を制圧しようなどと思い上がった考えは捨てろ。童は童らしく大人の力を頼れ。」
極限状態が続いていた哲郎の緊張は虎徹という援軍の登場で少なからず軽減された。その次に発言権を行使したのは凰蓮だった。内容は自分が抱いていた謎への回答についてだ。
「……………いえ。有り得る話ですね。其れも
「うむ!! 儂の千里眼が有れば此の程度は朝飯前よ!!」
哲郎が自分に助太刀に入った時のように、虎徹も彩奈の《転送》によってここへ瞬間移動して来たと、凰蓮はそう結論付けた。
彼が考えている通り、彩奈は今陸華仙の個室で虎徹の千里眼の能力を付与した札を通して根城の中を見、《転送》の条件を満たしたのだ。
「━━━━ふっふっふ。」
『!!』
虎徹の登場に意識を集中させていた哲郎と凰蓮の背後から廠桓のくぐもった笑い声が聞こえて来た。傀儡を無力化され、虎徹という援軍が登場しても尚、彼の精神は少しも動揺していなかった。
「随分と不人情だなァ、虎徹さんよォ。陸華仙と宮殿を見捨てて俺の所に来るとはな!!
此の場をどうにか出来ても
「不人情じゃと? 此の戯けが。
《転生者》は万能の神では無いと言ったろう。故に儂も人の力を頼る事にしたのじゃよ。」
「……………どういう意味だ?」
「分からんか? 彼の場は彼奴等に任せ、儂は貴様を下す事に専念すると言うておるのじゃ!!!」
***
場所は鬼門組最高機関 陸華仙のとある廊下。そこに居た鬼門組の隊員達は目の前で起こった現象に言葉を失っていた。
その場に居た者の中で唯一、苺禍だけはその現象が彩奈の
「━━━━杏珠!? 一体何を━━━━!!?」
「……………ふぅっ!!
……………皆さん、落ち着いて聞いて下さい……………!!!」
勇気を振り絞って、彩奈は口から言葉を綴った。思っている事は言葉にしなければ伝わらないと、帝国に来てから何度も学んでいる。
「虎徹さんは私の妖術で、鳳巌の根城へ《転送》しました。
今聞こえた事は本当です。逢魔ヶ宮殿に危険が迫っています。今からこの場に居る人達の半分を、私の妖術で《転送》します!!!」