朝倉彩奈が転生し、自分の能力の詳細を知って最初に抱いた印象はとても戦闘向けでは無い、ちっぽけな能力であるというものである。
同じ《転生者》のエクスに拾われるまでは靴磨きなどの労働をして日銭を稼ぎ、日常生活の中で能力を活用し多少の楽をする、そんな自分の姿しか思い描けなかった。
しかし、そんな能力でも、一切の自身を持っていなかった自分でも人を助ける事が出来た。
新興宗教 ジェイル・フィローネの屋敷が敵の《転生者》トレラによって崩落し、多数の人々が閉じ込められた。近くに一般人が大勢居る状況では哲郎の奥の手を発動出来ない。
一般人を助け、尚且つ哲郎の勝利する確率を上げる為に彩奈は奮闘した。見ず知らずの人に己の能力を(魔法として)開示し、自分を信じるように言った。
その体験は彩奈の心を大きく前進させた。何よりちっぽけだと思っていた自分の能力で人を助けられた事がひたすらに嬉しかった。
いじめてくる周囲の人間、精神を病んだ母親、そして何より足を滑らせて転倒し電車に轢かれるという不名誉な死に方をした自分自身に深く失望していた。そんな自分が誰かの役に立った、その成功体験が今の彼女を支えていた。
そして今、彩奈は再び自分の能力を人の為に使おうとしている。しかし今回は人を助けるのではなく寧ろ逆で、人を死地に送り届けようとしている。今まさに敵の《転生者》廠桓の魔の手が迫ろうとしている逢魔ヶ宮殿に鬼門組の隊員を《転送》しようとしているのだ。
それが帝国を守る一手であると分かっていても、彩奈は心の何処かで躊躇っていた。これから自分が《転送》した中の誰かが宮殿の戦いによって危険な目に遭うかもしれないと考えると足が前に出なくなる。
*
「━━━━フゥッ!!」
彩奈は心の奥底に生まれた躊躇いを必死に抑え込もうとした。かつて自分が助けた人の中で一番心に残っている、アリナの姿を思い浮かべる。
(アリナさん、あなたが私を信じて手を取ってくれた事、本当に嬉しかったよ。だから私は前に進めた。
だったら私もこの人達を信じないとダメだ。この人達は国の為に必死に戦ってる。私がその助けをしないで、何で国を助けに来たなんて言えるの……………!!?)
《転生者》として鬼ヶ帝国を魔の手から救いに来た。それが彩奈の初心だ。
そして彩奈は鬼門組の活動を間近で見ている。容疑者から情報を引き出す為に働いている苺禍の姿を、総監として鳳巌を止めたいという凰蓮の思いを見ている。彼等にとって最も恐ろしいのは死地に飛び込む事では無く、この国を救えない事なのだ。
「━━━━杏珠、今言った事は確かなんだな?」
「!」
そう言って彩奈の意識を引き戻したのは苺禍だった。
苺禍は彩奈に、暗殺者 簸翠との戦いで毒の刃から守られている経験がある。その事実だけで彩奈の能力や発言を確信させるには十分だった。
「……………はい。私が一番信じられる人の言う事です……………!!!」
「分かった。
諸君!! 今聞いた通りだ!!! 直ちに宮殿に向かう人員を編成する!!!
凰蓮総監の仰った通り、今日という日は此の帝国の明日を左右する分水嶺だ!!! 帝国の危険に成り得る存在を、何としてでも排除するぞ!!!!」
苺禍のその後ろ姿が、自分の情報を信用させるという最初にして最大の関門を突破した事を彩奈に教えていた。
陸華仙に
『━━━━哲郎さん、聞いた通りです。こっちは大丈夫です。
だから絶対に勝って、一緒にこの国を守りましょう……………!!!』
その場に居た誰にも聞こえないように、彩奈は哲郎に向けてそう言った。彼は今まさに敵の《転生者》と相対している。その彼に目の前の戦いに集中して欲しかった。
*
こっちは自分達に任せて目の前の戦いに集中して欲しいという旨の彩奈の発言が、虎徹の持っていた札から聞こえて来た。哲郎は自分の為に出来る事を精一杯してくれる彩奈に心の底から感謝し、凰蓮は彼女の判断力を心の内で称賛していた。
「こういう訳じゃ。主の目論見は数刻後には頓挫すると予言してやろう。」
虎徹は札を懐にしまいながら、徐に廠桓へと近付いていく。しかしその内心は決して余裕に満ちてはいなかった。自分の目論見を妨害されても廠桓には少しの動揺も見られない。その胸中を探ろうとしていた。
(━━━━先ず何より気になるのは、彼の趣味の悪い鎧じゃな。哲郎と凰蓮が束になっても傷一つ付いておらんという事は唯硬いだけでは無いと考えるのが自然じゃろう。
そして其の向こうで昏倒しておる鳳巌。恐らく返り討ちにあったのじゃろう。問題は凰蓮が奴に見向きもしておらんという事。其の余裕すら与えない程の実力者という訳じゃな……………………。)
「国の政は楽しかったか 廠桓殿よ!!!
じゃが其の謀が実を結ぶ事は無い!! 此の虎徹が跡形も無く叩き潰すからな!!!
先ずは其の気色悪い鎧を真黒に塗り潰してやろう!!!!!」