虎徹は最初、哲郎の事を唯の少年と侮っていた。多少落ち着いた思考は出来るようだが、少なくとも帝国を救うという大役を果たせるような逸材だとは少しも思えなかった。
しかしそれから数十時間の中で様々な成果を上げ、信頼を勝ち取った事でその認識は誤っていたと虎徹は思い直した。その為、彼女は今回の哲郎の言葉も正面から疑いはしなかった。
廠桓の血の鎧を突破する方法を見つけ出したというその発言さえも。
*
哲郎達は廠桓には聞こえないように小声で喋っている。隙だらけの筈の哲郎達を廠桓が攻撃して来なかった理由は果たして警戒していたからか慢心故か。真偽は分からないが哲郎は恐らく後者だろうと踏んでいた。
完全に甘く見られているという事実に全く屈辱感を覚えない訳では無いが、哲郎はこれ幸いと虎徹に自分が立てた作戦の詳細を話した。
「━━━━どうですか?」
「うむ。荒唐無稽じゃとは言わん。じゃが主も儂等も危ない橋を渡る事になるぞ。」
「はい。この作戦を成功させる為には最低でも僕ともう一人、廠桓の相手をしなければいけません。それはつまり━━━━」
廠桓の両隣には彼の血液を全身に流し込まれ、理性を吹き飛ばされた傀儡と化した黐詠と牛檑が、まるで従者のように立っている。哲郎は二人共に勝利を収めているが、それは飽くまで通常状態での話しだ。
自分の身体を慮る事無く持てる力の全てを燃やし
それでなくとも、二人の相手を買って出るという事はもう一人に廠桓を押し付ける事になる。その両方の観点からも、進んで名乗り出る事が出来ずにいた。名乗り出ないだろうと、哲郎は思っていた。
「━━━━私が行きましょう。」
『!』
黐詠と牛檑の相手をするという意味合いを表情に出しながら、凰蓮がそう言った。
彼は当初、牛檑達は鬼門組が総力を挙げれば容易く捕らえられると豪語していたが、最早その前提は崩れた。隊員達は軒並み暴徒に変えられて虎徹に封印される事を余儀なくされ、逆に牛檑は廠桓の血によってどこまで強化されているか分かったものではない。自分がこれから進むのは茨の道であるという事は、他でも無い凰蓮自身が理解していた。
「凰蓮さん……………!!」
「此れは元々
何も誇る程の事じゃない。私は私の役目を全うするだけです。ですから貴方方も本来の役目を全うしてください。」
《転生者》の力を与えられた者の相手を一般の人間がする。それがどれほど危険な事か計り知れない。だというのに凰蓮はその大役を引き受けるばかりかそれを当然の事と言った。《転生者》ではなくとも目の前の男は自分にはない心の強さを持っているのだと、哲郎は確信した。
「━━━━チャンスは一度きりです。出来る限り負担を掛けないよう、最短で終わらせます。だから凰蓮さんも死なないで下さいね!!」
「えぇ勿論。此の程度で死ぬような温い人生は送っていませんよ!!」
作戦は纏まった。それを誇示する為に三人は廠桓に向かって足を一歩前に出した。廠桓もそれに反応する。血漿の黄ばんだレンズの奥の目が、嘲るように歪んだ。
「どうやら死ぬ覚悟が決まったらしいな。俺としてもここ以外にやらなきゃいけねぇ事はたくさんあるんでな、最短で終わらせてやるよ。
さぁ行け!!!」
正に従者に命令するかのように、廠桓は前方を指差して命令を飛ばした。それに従順に従う黐詠と牛檑は地面を蹴り飛ばして哲郎達との距離を詰める。ここまでは哲郎の想定内だ。
『ガァンッッ!!!!!』
「!!」
振り下ろされる黐詠の刀と牛檑の突進を一度に、凰蓮の武器が受け止めた。黐詠の刀と凰蓮の武器の刃、牛檑の頭部に生えた角と凰蓮の武器の柄がそれぞれぶつかり合い、根城という閉塞的な空間全体に衝撃音を響かせる。
廠桓の血液によって凶暴化し、己の体力や反動を一切考慮しない全身全霊の力を込めた攻撃を二発、真っ向から受け止めて平然としていられる筈が無い。それが証拠に凰蓮の閉じられた唇の隙間からくぐもった声が漏れる。
鬼門組最強の男、凰蓮に冷や汗をかかせているという事実に廠桓は優越感を覚え意識は自然と彼に集中する。その状況の全てが哲郎の狙い通りだった。
「ッ!!?」
(こっちも最短で終わらせますよ!!)
凰蓮の防御によって発生した衝撃音。哲郎はその速度に、廠桓に向かう音に追い付けないという状態に《適応》して加速し、一瞬で廠桓との距離を詰めた。
本来なら目の前の危機に身体が咄嗟に防御反応を取る筈だが、廠桓はそれをしなかった。哲郎を侮った。その理由は哲郎の体勢にあった。哲郎の身体は魚人波掌を、先程廠桓に通用しなかった技を繰り出す構えを取っていた。
「ハッ!! 何やってんだお前━━━━」
《魚人波掌
『バチィンッッッ!!!!!』
再び、今の哲郎が出せる最大火力の攻撃が廠桓の一切の衝撃を通さない血の鎧目掛けて炸裂した。