田中哲郎という人間にとって、人の死とは最も嫌悪するべき現象である。普段は冷静で合理的に立ち回る事が出来る哲郎もこの現場を前にしては一切の冷静さを失ってしまう。ある時は魔界における実力者で権力者のレオルに歯向かい、ある時は鳳巌の前に立って大立ち回りを繰り広げるというその当時において最も不合理な行動を取ってしまった。
しかし、それらの行動に対して哲郎は反省はすれど後悔はしていない。たとえどれ程状況が悪くなっても自分は誰も殺さないし自分の身の回りで誰も死なせないと、哲郎はそれを大前提にして動いていた。
しかしその信念でさえも、極論で言えば自分の独りよがりでしかない事を哲郎は理解していた。故に彼は一つの結論に至る。自分は誰も殺さないが、周囲の人間にそれを強要する事はしないという結論に。
それは鬼ヶ帝国においては自分の不殺の信念を虎徹や凰蓮に強要しない事に、帝国民や鬼門組の邪魔をしないという形で反映された。故に心の奥底で覚悟していた。この戦いの中で虎徹や凰蓮が誰かを殺す、自分がその片棒を担ぐ事になるかもしれないという覚悟をだ。
*
廠桓の死。それは哲郎にとっては最悪の決着だった。しかし次の瞬間にはそれは自分の我儘に過ぎないと意識を切り替える。
廠桓に、敵の《転生者》を相手に手を抜いて帝国が壊滅するとなれば、それは廠桓一人の死とは比べ物にならない最悪の
『ガァンッッ!!!』「ぐぅっ!!!」
『!!!!?』
後方から鳴り響くその音は、繰り広げられるその光景は、絶対に有り得ない光景だった。それは黐詠と牛檑が依然として凰蓮に攻撃を加える光景だ。
現在、二人は廠桓の血液が体内に混入しているがために理性を奪われ、彼の傀儡として動く事を強要されている。ならば原因である廠桓が死ねば二人も血液の呪縛から解放されるはずである。だと言うのに一向に止まる気配がなかった。
それは呪縛から解き放たれても尚、凰蓮を敵と見做しているが故の行動では無く、依然として理性を奪われた猛獣のような動きを続けていた。
(そ、そんな馬鹿な……………………!!!!)
「哲郎!!! 伏せろ!!!!」
「っ!!!!」
後方で繰り広げられる光景から前方に視線を送ると、首を落とされた廠桓の血の鎧が流動化し、震えていた。今にも何かしらの攻撃を繰り出そうとしているように哲郎の目には見えた。
そしてその懸念は即座に現実に反映される。鎧の胸部から一本の赤い線が飛び出した。哲郎の眉間を狙った高速の血の矢だ。哲郎はそれを身を引いて躱し、その勢いのままに虎徹の元まで距離を取った。
『……………………!!!』
哲郎も虎徹も、信じられないという表情を浮かべていた。哲郎は《適応》の能力で首を切断されても生き長らえた経験があるが、他の《転生者》、それも血を操る能力というとても防御力や生命力に秀でているとは思えない者に自分と同じ芸当が出来るなどと夢にも思っていなかった。
少しの時間が経って漸く、哲郎は自分の意識を現状への驚愕から分析へと持って行った。考えられる可能性は三つ浮かんだ。
➀廠桓が自分の能力を偽っていた
②能力を応用して首を切断されても命を繋ぎ止めている
③廠桓は本体ではない
(考えられるのはこの三つくらいか。➀は血じゃなくて、もっと大規模な能力だったら可能性があるけど、あまり考えにくい。②は、例えば切断された首に透明な血管を繋いでるとか、特殊な血さえ通ってれば一先ずは大丈夫とか、そんなところだろう。一番考えられるのは③だ。あの廠桓がもし血で本体に操られているなら、血で身体を動かす事は出来る。
それでカマを吹っかけてみるか………………)
「………何だその顔。驚くのはもう止めたのか?」
(!! 来た!!)
哲郎の意識が驚愕から推測へと変化している事は表情にも現れていた。それを廠桓に指摘され、哲郎は自分の推測を言葉にする事を決断する。この発言の是非で次の状況は大きく一変するだろう。
「……………もしかしてあなた、
「ほう? そりゃどういう意味だ。」
「とぼけないで下さい!! あなたの本体はその廠桓の身体じゃない!!! 本体が別に居て血で操っている!! 違いますか!!?」
哲郎は十八番の啖呵を廠桓に向けて切った。この場の主導権を握ろうという意図があっての事だ。それに対し廠桓はくぐもった笑い声を発する。それが何処から発せられているのかは分からなかった。
「この身体が俺の本体じゃねぇ か。正解だぜ。
けど本体が別に居るってのは不正解だ。俺は最初から逃げも隠れもしてねぇ。俺は最初から
『!!!!?』
瞬間、廠桓は自分の胸部に両手を突き刺し、一気に引き裂いた。哲郎達が驚愕したのはその行動では無く、その手が持っていたものだ。
廠桓の手にあったのは《心臓》だった。自分の心臓を引き抜くという常軌を逸する行動は驚愕して然るべきである。しかし哲郎達が真に驚いたのはその心臓そのものだった。その心臓には口があった。本物そっくりの心臓に口が付いているという異形の存在がそこには居た。
「……………………!!!!!」
「もうこの身体は使い物にならねぇなァ。俺をここまで追い詰めた褒美に改めて自己紹介してやるよ。
俺は《転生者》。今は《