ドラマなどの創作物と現実は往々にして乖離している。それは哲郎が小学校に進学する頃には辿り着いていたこの世の心理の一つだ。しかしだからこそ疑問に思う。果たして現実と創作物の符合率はどれほどなのか と。
何故今になってそのような場違いな思考が過るかという問いに対しては目の前の臟の身の上話を聞いたからだと答えるのが適切だろう。
権力を持った親の笠を被って好き放題をし、その所業をこの世から揉み消す、そのような若者が登場する作品を見た事があった。臟はその例に当てはまるのかは判断しかねるが、恵まれた環境が彼の心を高慢なものに変えたのは容易に想像出来た。
また、廠桓の身体を借りていた時に彼は『コンクリート』という言葉を発した。本来ならありふれた一つの材質に過ぎないその言葉もこの
哲郎もつい数日前までは自分の日常が突如として変貌する事など、ましてや異世界で激動の日々に身を投じる事になるなど思ってもいなかった。その究極系が目の前の臟なのだと理解した。
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臟には目も眉も鼻も無く、口しかない。故にその表情(と言って良いのかさえも分からない)から彼の心情を読み解くのは困難を極める。しかしその口調や声音を含めればその難易度は格段に下がる。
彼は自らの運命に憤っているのだ。今まで何不自由ない人生を送って来たというのにある日突然転生し、その先は人間は疎か生物とも言い難い《生きた心臓》と来ている。とても普通の生活は送れなかっただろう。仮に転生が何者かの手によって行われているならば、その者を殺したい程に憎んでいるのだろう。
しかし、哲郎とて一歩も引き下がる訳には行かなかった。臟は最低でも自分が帝国に潜り込む為に何の罪もない廠桓を殺害している。それは哲郎には決して許容出来ない事だ。
剰え、彼はこれから鬼ヶ帝国を滅ぼそうとしている。臟への同情心と帝国に生きる全ての人間の命。量の皿にその二つを似せた天秤がどちらに傾くかは自問するまでも無かった。
「━━━━その顔、俺に同情して国を明け渡す気になった、って訳じゃねぇよな?」
「━━━━あなた、
「は? ある訳ねぇよそんなもん。」
「じゃあ、何か犯罪をしたことはありますか?」
「それもねぇよ!!
元の世界に帰ったらそいつは生かしちゃおかねぇ!!! そうさな、生きたまま心臓引きずり出して嬲り殺してやるのが良いかなァ!!!!」
「!!!!!」
大前提として、臟の言葉を信用するに足る判断材料は無い。しかし哲郎は彼の言葉を疑う事をしなかった。
しかし今の彼は違う。自分の前途に絶望し、自らの欲望の為に他者の命を踏みにじっても何も感じない程に精神が腐敗してしまったのだ。
こうなってしまっては最早手遅れだ。臟に歩み寄る事は出来ないのだと悟った。或いはそのような高尚な事では無く、臟に同情する事が即ち帝国民を始めとする大勢の命を危険に晒す事だという冷徹な思考だとも言い換えられるが、それが今の哲郎の本心だった。
「そんな事はさせません。貴方がやろうとしていること全部、実現させる訳には行きません!!!」
「ハァ。対局を見ねぇガキだぜ。お前だってこんなバケモンにされりゃんな事口が裂けても言えやしねぇよ!!!」
「確かに心臓にされた経験はないかもしれません。だけどそれでも人を犠牲にしてまでわがまま言う気はありませんよ!!!」
「さっぱり分からねぇな。お前何でそこまでしてこいつ等を助ける? どうせいつかは元の世界に帰っちまうってのによ!!
それとも、この世界に骨でも埋める気なのかよ!!?」
「あなたこそこの世界に人達の命を踏みにじって元の世界に帰って、それで胸を張って生きていけるんですか!!?」
「………………対局どころか現実も見えてねぇらしいな。どんなに綺麗事並べたって目的が果たせなきゃ終いなんだよ!!
それにお前、俺を追い詰めたとでも思ってんだろ?」
「!?」
臟の口が、それだけで相手を嘲ていると分かる程に醜く歪んだ。隠れ蓑である廠桓の身体から本体である臟を引きずり出し、戦況は新たな局面、哲郎達に向けて好転していると心の何処かで確信していた。臟の一言はその確信を根本から覆した。
「何を言ってるんですか。貴方の頼みの綱の廠桓の身体から引きずり出したんですよ!!? 後一発あなたに一撃入れればそれで終わりでしょう!!?」
「捕らぬ狸の何とやらだな!! その一発を入れられねぇって言ったんだよ!!? 俺があの
「!!!」
「あいつを動かす為に使ってた血を全部お前にぶつけられるんだよ!!! それに今まで何回鼓動をしてたと思う!!?
もう既にこの地下を埋め尽くせるだけの血を溜め込んでたんだよ!!!!!」
「!!!!!」
その瞬間、臟の周囲の血管から一斉に血液が噴き出し、哲郎達の視界を鮮血の紅一色に染め上げた。