異世界に適応する少年   作:Yuukiaway

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#394 Depend as a Child ~Case TidalWave~

人体には通常、体重の十三分の一の血液が含まれている。臟も同様、廠桓の身体を動かす為にそれだけの血液を常に分泌させ、戦闘時にはその何倍もの血液を生成し己の武器へと変えた。

そして今、廠桓の身体から臟の本体は引きずり出された。哲郎はそれを臟を追い詰めたと、自分達の優位が揺るぎないものになったと考えた。その予測は外れてはいない。実際に臟は後一撃でも本体(心臓)に直撃を受ければ決着が付きかねない程に、著しく防御力を失っている。

 

しかし、状況の変化の全てが哲郎に味方している訳では無かった。臟は廠桓の身体を失ったが、それは見方を変えれば廠桓の身体を操る必要性が無くなったという事、肉体の操作に血液を使う必要が無くなったという事だ。

血液は本来、骨髄の中で作られるが臟は体内で血液を作り出す事が出来る。そして心臓は拍動の度に身体に血液を送り届ける。廠桓の身体から引きずり出されてから今まで、臟は身体に送り届けるべき血液の全てを己の体内に凝縮させていたのだ。

 

そして、その瞬間は遂に訪れた。臟の初撃は己の血液の全てを無造作に放出する、単純にして決定的な一撃だった。

 

 

 

***

 

 

 

津波というものを一度、テレビ番組で見た事がある。それは波というには余りにも強大な、人命も文明もその一切合切を薙ぎ倒す自然の脅威と当時の哲郎の目には見えた。そして誰かは津波を黒い壁と形容した。哲郎の脳裏に過ったのはその体験談だった。

今、哲郎の視界を覆い尽くすのは真紅の液体の壁。鮮血の津波とも呼べる臟の一撃だった。

 

「虎徹さん!!!! 壁を!!!!!」

「応ッ!!!!!」

 

哲郎の言葉を聞くよりも早く、虎徹は『壁』と書かれた札を全て展開し、臟の一撃を防いだ。

認めたくは無いが、今の哲郎に臟の一撃から全員を助け出す術は無い。辛うじて自分の身を守る事は出来るとしても、その救いの手は他の者までは届かない。故にその役目を虎徹に託した。つい先程彼女に言われた通り、少年として自分に出来ない事は大人に任せ、自分は自分に出来る事をする。それこそがこの場を切り開く為に必要な事だった。

 

「うぐぅっ………………!!!」

「だははは!!! バカが!!!

そんな紙切れじゃ十秒も耐えられねぇよ!!! 第一、防いだ所で何になる!!? 何処に逃げ場があるってんだァ!!?」

「(確かにそうだ。だけど、逃げ場が無いなら作ればいい!!!)

凰蓮さん!!!!」

「!!?」

 

臟がその正体を現してから、凰蓮はたった一人で黐詠と牛檑を相手取っている。幾ら鬼門組において最強の男、総監であったとしても彼に掛かる負担は計り知れない。その重荷から彼を解放する時が遂に来たのだ。

凰蓮に駆け寄り、指を鳴らす。凰蓮に向けて響くその音の速度に《適応》し、その身体の速度を極限まで引き上げる。その速度に乗って黐詠と牛檑を一瞬の内に蹴り飛ばす。今の哲郎が出せる最大出力にして最速の一撃だ。

 

「哲郎さん!!?」

「説明は後です!!! 凰蓮さんの力で天井をぶち抜いて下さい!!!!」

「!!?」

 

臟の血の津波を防ぐ、その役割は虎徹に託した。そして根城という密閉空間に逃げ道を切り開く役割は凰蓮に託した。

凰蓮はこの根城に攻め入る際に地上から渾身の一撃を見舞い、根城へと通じる道を切り開いた。その膂力に自分達の運命を賭けようとしている。しかしながら、地面を破った当時と今とでは余りにも状況が異なる。その当然の指摘にも哲郎は対応策を用意していた。

 

「その手首を僕に掴ませて下さい!!! 僕が凰蓮さんを天井まで投げ飛ばし(連れて行き)ますから!!!」

「!! 分かりました!!!」

 

哲郎の目論見が自分の身の安全を保証するものでは無いと直感的に理解したが、凰蓮はそれこそが自分達をこの窮地から救い出す唯一の方法だと直感し、哲郎にその腕を差し出した。

哲郎はその手首を両手で掴み、一気に身体を翻す。哲郎は先程、凰蓮を操られている男達から助け出す為に天井へと連れて行き、その際に彼の体重に《適応》している。今の哲郎にとって凰蓮を天井へ投げ飛ばすなど野球ボールを天井へぶつけるに等しい行為だ。

 

「ヤアアアアアッ!!!!」

 

今まで幾度も敵対して来た者達を地面へ投げ落としてきた。今回はその攻撃の動作を凰蓮を天井へ連れて行く補助へと使った。凰蓮を天井へ投げ飛ばした直後、鼓膜を破るような衝撃音が耳を劈いた。哲郎の献身に応えるかのような、凰蓮の一撃だった。

 

『ドバッ!!!!!』

『!!!!!』

 

次の瞬間、虎徹の札の防御壁が破られ、哲郎達に向けて血の激流が一気に押し寄せて来た。哲郎は一瞬の内に虎徹と凰蓮の手首を掴み、浮遊して上に移動する事に全神経を注ぐ。凰蓮の全力が天井を破るに足りているか、地上に出るまで虎徹達の呼吸が持つか、上手く激流に乗る事が出来るか。それは分の悪い賭けだった。

 

*

 

その現象は、鬼ヶ帝国の歴史の中に深く刻まれる事になる。或いは人間一人の悪意の結晶として、或いは禍々しくも美しい自然美として、或いは帝国の未来の為に奮闘した男達の戦いの証として。

それは真紅の噴出。帝国の強靭な地盤を破って鮮血が噴き出す異様な光景だった。

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