例えば、地下から大地を突き破る事が出来るかと問われれば否と答えるだろう。
例えば、自分の能力で津波を引き起こす事が出来るかと問われれば否と答えるだろう。
例えば、人を意のままに操り己が傀儡に変える事が出来るかと問われれば否と答えるだろう。
哲郎の能力は万能などでは無い。それは甘えでも開き直りでもない、純然たる事実である。廠桓扮する臟は自分には出来ない事を数えきれない程やってのけた。しかし哲郎も自分の能力で出来る事を最大限発揮させたと自負している。だからこそ自分は今生きてここに居ると言い切れるからだ。
それには虎徹が言った『子供として自分を頼れ』という言葉が救いになったと言える。今までは自分が全てをしなければならないという危機感に無意識の内に駆られていたが、虎徹の言葉がそれを打ち消した。
自分に出来ない事はその場に居る他の人間に頼り、その分自分は出来る事を精一杯にやり切る。それに集中した事で寧ろ今まで以上の成果を出す事が出来た。
『虎徹さん、人を閉じ込めてる札は無事ですか!?』
『おう。血に飲み込まれる前に儂の《墨汁》で包み込んだ。奴の汚い血など一滴たりとも染み込んではおらん!!』
『そうですか………………!』
いくら虎徹の能力が付与されているとは言ってもそれが書かれているものは札。正確には紙である事に変わりは無い。血という液体が染み込めば弱り、脆く、破れやすくなる。
万が一にもこの場で札が破れ、操られている男達が野放しになれば周囲の人間に及ぶ危険は計り知れない。
「ほっとしたって顔は止めろよな!!! 何も変わりゃしねぇ!!
血で溺れ死ななかったくらいで、お札を後生大事に守ったくらいで、その程度の事で俺に勝った気になって貰っちゃぁよォ!!!」
「………そっちこそ今ので僕達を倒せなかったのはまずいんじゃないですか? 今の一発で一体どれだけ血を使ったんですか!? もうまともに残ってないんじゃないんですか!!?」
「だからよ、俺の能力の限界をお前が勝手に決めんじゃねぇよ!! 俺の血は使い捨てなんかじゃねぇんだよ!!!」
『!!!?』
その時の異変の始まりはまず、地面に飛び散った血の染みが震えた事だった。
そして周囲に散乱した血、更には地面の大穴からも夥しい量の血液が噴き出し、一斉に臟に向けて降り注いだ。臟はその全てを己の口と身体に生えた血管で吸収する。十秒も数えない内に全ての血が臟の小さな身体に取り込まれた。人体の摂理も物理法則すらも完全に無視した芸当が行われていた。
『……………………!!!!』
「━━━━ゲフッ とぉ……………!
まぁこういう訳だ。俺に燃料切れって事は絶対にねぇからそのつもりでいて貰おうか。ちなみについでにさっき撃った矢の分も纏めて回収しといた。これで完全に振り出しだな。」
根城という膨大な空間の、少なくともその前方を埋め尽くす程の量の血液が今、臟の身体に一滴も残らず回収された。それは即ちこれからその物量がそのまま武器となって襲い掛かるという事だ。
その事実が驚異的過ぎて、哲郎達は失念してしまっていた。この場の敵は臟だけでは無いという事を。
『ガッ!!』
『!!!』
臟の前、地面に開いた大穴。その淵に手を掛ける者が二人居た。一人は哲郎より数年成熟した程度の少女の手。もう一人はその拳だけで哲郎の頭部を隠せそうな大柄な手。対照的なその二つの手が視界に入り込んだ瞬間、哲郎達は至極当然の事に思い至る。この場の敵は臟だけでは無いという事実をだ。
『……………!!!』
「ほほぅ。あの血に巻き込まれて息があったとはな。悪運尽きねぇ連中だぜ。」
地面に開いた大穴から這い出て来たのは臟の血液を全身に流し込まれて操られている、黐詠と牛檑だった。二人は依然として充血した白目を剝き、全身に青筋を浮かべている。言うまでも無く、まだ臟の傀儡として動く事を強制されている。
先程、哲郎は血の瀑布から凰蓮を救い出す為に二人を蹴り飛ばした。本来ならそれで意識を断ち切れたはずだが、血液で強制的に動くその身体は意識の有無を問わない。何よりの不運は、あの瀑布に流されながら無数にあるであろう根城の出入り口では無く哲郎達と同じ大穴から出て来たという事だ。
加えて、その不運の本質とは単に敵の頭数が増えたという事に限らない。臟の、心臓にある口が醜く歪み、その口から紡がれた言葉を聞いて哲郎は考えられる中で最悪の仮説に至った。
「━━━━いや、こんななりじゃ格好つかねぇし、何よりこれじゃ
『!!!!!』
その言葉を聞いた瞬間、哲郎は飛び出していた。臟の狙いは三対三で戦う事ではない。