虎徹の能力 《墨汁》による防御。それは外部からの攻撃から内部の対象を守る事だけにその力の殆どを使っている。即ち、内部からの衝撃には著しく脆いという事だ。
虎徹はその特徴を弱点とは考えなかった。その理由は外部からの攻撃だけに気を配っていればそれで十分だと考えた事、そして内部にいた人間が意識を失っていたからだ。
しかし、その判断は間違っていたものだったとその場にいた全員が理解させれた。それは著しい不運が二つ重なった結果。一つは
その二つの不運が重なり、鳳厳の胸部が臟の血の矢に貫かれてしまうという悲劇的な状況を生み出してしまった。
***
「ッッッ!!!!!」
哲郎はその光景を見て、言葉にならない声を発した。否、それだけの非生産的な行動しか取れなかった。目の前で起こっている光景を視覚情報として処理するだけで精一杯だったからだ。
臟は黐詠の身体を乗っ取るという意志を持って血の矢を発射した。その矢が鳳厳の身体に直撃するという事がどういう意味を持つのか。
それは自分達にとっても、そして帝国全体にとっても最悪の結果をもたらすという事だ。
「ダッハッハッハ!!! こいつァ良いぜ!!!
小エビに大鯛が食い付いて来やがった!!!」
(!!!! させないっ!!!!!)
哲郎は辛うじて意識を持ち直し、臟に飛び掛った。今、臟と鳳厳は血液で繋がっている。血の矢による接続を絶つ事が出来れば辛うじて鳳厳を救い、最悪の未来から帝国を守る事も出来る筈だ。
「野暮な真似は止めろよなァ!!!」
「!!!?」
臟は血の矢とは別に、口から血の塊を吐き出して哲郎に見舞った。その血の塊は瞬時に凝固し、哲郎の四肢の自由を奪った。
それは血液凝固の更なる応用。固まった血による拘束具だった。
「さしずめ娘を守る美しい親心って所か!!? なら俺がその美談に華を添えてやるよ!!!!」
「ぐあああああああっ!!!!!」
「!!!!!」
それは哲郎が最も嫌悪する現象。臟の心臓という本体が血の矢を高速で移動し、そして背後の傷口から鳳厳の体内へと入り込んだ。
彼の体内で一体何が起こっているのか、自分の能力《適応》による身体の変化すらも正確に把握出来ていない哲郎には想像すら出来ない事が起こっているのだろう。
しかし分かっている事が一つだけある。これから何が起ころうとしているのかだけは分かる。それは即座に非情な現実として哲郎達の眼前に反映された。
『ブバッ!!!!!』
「!!!!!」
哲郎はつい先程、
少量の血による血溜まりの中にそれはあった。印象的には禍々しくも見える濃い桃色の筋肉で構成された物体。今は亡き在るべき身体を探し求めるかのように、或いは死に行く我が身の無情さを訴えかけるかのように、力無く拍動していた。
体外に排出されたのは鳳厳の心臓。その現象がどのような意味を持つのか、そして彼の体内に入り込んだ臟が今何処に居るのかは火を見るより明らかだった。それを証明するかのように、
『グチャアッッ!!!!!』
『!!!!!』
鳳厳の足が地面に落ちた心臓を踏み潰した。辛うじてその中に残っていた、本来は宿主の体全体に巡る筈だった血液が力無く地面に散乱する。
その光景を見るまでは、哲郎は心のどこかでその懸念が現実にならない事を願っていた。しかしその薄い願いは粉々に打ち砕かれた。更に非情な現実が、今度は聴覚情報となって哲郎達に突き付けられる。
網膜を通して、そして鼓膜を通して、この最悪の状況が幻覚などでは決して無いという事実を突き付ける。
「ハーーーーーッハッハッハッハッハッハッハッハ!!!!!
こいつァ最高だ!!!!! 体の底から力が漲って止まらなねぇぜ!!!!! 今なら何だって出来そうだぜ!!!!!」
廠桓の、否、その化けの皮すら被る必要性を失った臟の声が、鳳厳の声帯を通して発せられた。
その声は、哲郎の耳には自分達の、そして鬼ヶ帝国の運命の終わりを告げる笛の音のように聞こえた。
哲郎は最善を尽くした。しかし戦闘経験の浅さが、臟のどす黒い胸中を読み切れなかった事が、そして誰にも予測出来ない悪運がこの結果を引き寄せてしまった。
帝国を狙う悪しき《転生者》臟が鳳厳という新たな肉体を手に入れるという最悪の結末を。