果たして自分は凰蓮に勝てるのか。それは哲郎が抱いた弱気で、それでいて純粋な疑問だった。自分の《転生者》としての能力《適応》が他の者を上回っているという事に疑問は無い。それは数々の成功体験に裏打ちされた確信にも近い考えである。
その考えを持っている哲郎ですら、凰蓮の巨体を前にして、果たして自分の攻撃が彼の巨体に通用するのか、勝利を掴む事が出来るのかという懸念が浮かんで消えなかった。
そして今、哲郎は鬼ヶ帝国の転覆を目論む悪しき《転生者》臟と相対している。臟は今まで哲郎が相手にして来た敵からは大きく逸脱した外見をしている。生きた心臓、それが臟の外見である。しかしその姿は今は見えない。
今、臟は鳳巌の身体を奪い、乗っ取っている。鳳巌は嘗ての凰蓮の親友であり、九年前には死闘の末に引き分けている。私欲の為に平然と人の命を踏み躙る、臟の悪辣さへの激昂が晴れた今、その事実が懸念となって哲郎の脳裏を埋め尽くす。凰蓮と互角の勝負を繰り広げた男の肉体を操る今の臟に勝利できるのか と。
*
臟は、特に廠桓の身体から引きずり出されてからは相手を小馬鹿にしたような邪悪な笑みを常に浮かべている。それは鳳巌の身体を乗っ取っても変わらなかった。
鳳巌は、少なくとも哲郎が知る限りでは一度も品の無い笑みを見せた事は無い。しかし今は全くの逆である。その表情は下劣な笑み、その一色に染まっていた。その表情が自分の勝利を信じて疑っていない事を何よりも雄弁に示していた。
「・・・鳳厳の体を乗っ取って、それでもう勝った気でいるんですか・・・・・・・・・!?」
「ア? そりゃそうだろ。お前根城でこいつに喧嘩売ってどうなった? 偉そうに全力を見舞って、傷一つ付けられなかったんじゃねぇのか!?
この身体ならもう血の鎧すら必要ねぇ!! 身体の中の血を全部攻撃にぶつけられるぜ!!!」
臟の言葉が果たして事実なのか大言壮語なのか、哲郎には判断出来なかった。言動の真偽は表情から読み取るものだが、常に笑みを浮かべて変化が無ければそれも出来ない。
「半信半疑って所か!!? だったらその身体で確かめさせてやるぜ!!! ここにいる奴ら全員で仲良くな!!!!!」
「!!!!」
臟は鳳厳の手に握られた武器、身の丈程もある巨大な薙刀を両手で振りかざした。両手の平から血が吹き出し、そして薙刀の刃に集中する。
臟は、廠桓の身体を操っていた時に蹴りの勢いに血を乗せて、血の刃を飛ばした事がある。これから起ころうとしている事も、要領だけを見れば全く同じである。違っているのはその威力だけだ。
「みんな伏せて!!!!!」
「ぬぅあぁッッッ!!!!!」
臟は手に持った薙刀を、無造作に振り回した。そこに武術としての合理性は皆無であり、見る人によっては素人丸出しの様に映っただろう。
しかし、その一振りによって起こった破壊は何よりも強大なものだった。刃の軌道に合わせて赤い弧が繰り出され、進行方向にある全ての物を切断しながら突き進む。
「ッ!!!」
「うぁっ!!!」
まるで大樹の幹が紙切れのように切断されていく、その光景を目の当たりにして虎徹も凰蓮も真っ向から迎え撃つ事を断念した。身体を屈めて血の刃をやり過ごす。
対する哲郎はその回避行動を取る余裕が無かった。虎徹と凰蓮に回避を指示したが故に、眼前には既に深紅の線、血の刃が迫っている。
本来の哲郎ならばその血の刃の速度、避けられないという状態に《適応》し身体を加速させる事は出来た筈だが、時間的余裕も精神的余裕も無かった。
『ズバァッ!!!!』
「うがァッ!!!!!」
哲郎は咄嗟に腕を斜に構え、血の刃を受けた。薙刀の慣性に乗って自由運動をしているだけの刃は、哲郎の腕の筋肉によって軌道がやや上方向へとずれる。急所への直撃こそ避けられたが、両腕には激痛と鮮血が走り、刃の勢いのままに哲郎の身体も森の奥へと飛ばされた。
哲郎に苦悶の表情を浮かべさせ、吹き飛ばした事に臟は満足そうな表情を浮かべた。
「ふっふっふ。たとえ《適応》の防御が固かったとしても吹き飛ばしちまえばどぉって事はねぇ。あいつが戻って来るまでの時間は少ないだろうが関係ねぇ。こいつら二人片付けるにはな。」
「!!!」
それは臟の死刑宣告だった。しかしその言葉に少しも慢心は感じられなかった。先程の血の刃が、言葉通りの宣言をそのまま達成出来るという確信にも近い予感を二人に植え付けた。
その言葉を前にして、凰蓮が前に出る。その表情からは以前までの不敵な笑みは消え去り、緊張感だけが現れていた。
「何だァ凰蓮。あいつが戻ってくるまでの時間でも稼ぐつもりか? 今のお前じゃ一分持ち堪える事すら叶わねぇよ。それでも向ってくるなら良いぜ。九年前の再現と行こうや!!!」
凰蓮と鳳厳。現代の帝国における最も有名で力を持つ二人の激突が九年の時を経て再び繰り広げられようとしていた。