自分の能力《墨汁》を相手の眼球に命中させて視界を塗り潰し、視覚を奪う虎徹の十八番。しかし得意技として多用するからこそ、容易に対策されてしまう。
虎徹は既に二度、その技を臟に見舞っている。しかし二度とも防がれてしまった。その不発の原因は偏に虎徹の操る墨汁と臟が操る血液の濃度や強度が全くの互角だったからに他ならない。
虎徹の墨汁は常人で言えば血液を絞り出しているようなものである。故に多用、間違っても無駄打ちは出来ない。それだけの物を使用した攻撃が二度も不発に終わった事実に全く動揺を示さない程虎徹の精神も強靭では無い。しかし一方で疑問に思う事もある。何故臟は頑なに視界を潰される事を避けるのか と。
(奴の本体は生きた心臓の筈じゃ。ならば何故外付けに着ている人間の身体の目を防ぐ必要がある!?
一度目は百歩譲っても未だに己の正体が割れていなかったが故の行動じゃと説明出来る。目を守ろうとすれば廠桓こそが己の正体じゃと誤認させられるからな。
じゃが今の二度目はどうじゃ!? 既に己の正体は割れ、鳳厳の身体は借り物じゃと明るみになったこの現状で鳳厳の目を守る必要があるか!!? 実際に、目を守っていなければ反撃で儂か凰蓮の命は絶てていた。その好機を捨てて迄何故━━━━)
地面に着地するまでの一瞬の間に虎徹の脳裏には様々な疑問符が浮かんでは消える。そして浮かんだ疑問符を統合させてある一つの推測に辿り着く。臟の追撃が飛んできたのはその直後だった。
「親父とババァがうっとおしいなぁ!!!」
『!!!』
臟は再び持っていた薙刀の刃に血を纏わせて、力任せに振るった。虎徹は辛うじて反応し、眼前に墨汁を練り固めた黒い壁を形成するがその威力は凄まじく、防御の上から虎徹と凰蓮を吹き飛ばした。
(ぬぅっ!! さっきと言い、武術など皆無の腕力だけで此処迄の威力を・・・・・・・!!! 今も虎徹さんの機転が無ければ真っ二つにされて終わっていた!!!
幾ら常軌を逸した能力を持っているからと言って、此処迄・・・・・・・・・!!!)
凰蓮は目の前の臟との戦闘能力の差をひしひしと感じていた。仮にこの戦闘が自分と臟の一対一だったならば自分は既に二回も殺されている。それこそが常人と《転生者》との埋めようも無い力の差なのだ。
「此の国の法の番人が情けない面を晒すな。儂は主を足手まといなどとは思っておらん。
主のお陰で奴の弱点にも気付けたしな。」
「えっ!?」
「・・・ほう、面白いな。俺の何に気付いたって? そんなに自信があるなら言ってみろよ!!」
虎徹が気付いた臟の弱点、それは凰蓮の助力が無ければ辿り着けなかったものだ。故に凰蓮の自虐的な表情を否定し、そして声高に自分の推論を口にする。
「臟よ、主は人の身体を乗っ取っていなければ目が見えんのではないのか!!?」
『!!?』
「否、最早推測するというのも烏滸がましいか。主の其の目も鼻も無い奇っ怪な姿を見た時に気付くべきじゃった!!」
「待って下さい!! 其れでは可笑しいじゃ無いですか。彼は数分程本体の状態でしたが何も問題無く戦っていましたよ。
仮に声が聞こえていたとしても一言も発していなかった黐詠や牛檑の居場所を正確に特定した説明が付きません!!」
「其処は《転生者》の強みと言う奴じゃ。生意気にも血に関する能力を持っているならば何が出来ても不思議では無い。
例えば、人の身に流れる血を知覚する位の事とかはな!!!」
虎徹の推測に一切の証拠は無かった。しかしその推論に当てはめれば全ての違和感は説明出来る。だからこそ虎徹は自分の言葉にある程度の自信を持っているのだ。
「特に確信を持ったのは先の主の行動じゃ。
主は儂の目潰しを防いだ。仮に本体の心臓の目が見えるならば無意味な行動じゃ。其の数秒で儂等の命は取れていた筈じゃからな。
其の千載一遇の好機を捨てて迄後生大事に目を守った理由は一つ、其の目を失う訳には行かんという事じゃ。
ならば廠桓の身体を奪った理由も果たして帝国の内情を探る為か疑わしいな。そも、初めて乗っ取ったのが廠桓じゃという確証も無いのじゃからな!!!」
「!!!」
虎徹の推測は語り終えられた。その最後の言葉が何を意味しているのか、凰蓮は容易に察知した。それは余りにも恐ろしい、血に塗れた可能性だった。
「━━━━フッフッフ。伊達に何年も生きてる訳じゃねぇって事か。
そうだよ!! 俺の
「不幸自慢も大概にしておけ。貴様の身の上など毛程も興味無いわ。儂の目には身も心も血に飢えた獣にしか映らん!!!」
自分の胸中を言い当てられ、臟は冷静さを失って虎徹に捲し立てた。未だに身体的な攻勢は両者共に五分だが、先進的な余裕は二転三転する、そのような戦闘が繰り広げられている。