そして程なくして、自分の身体が四肢の感覚を失っている事と身体の内側に熱い液体のような物が込み上がっている事にも気付いた。
更に本能の赴くままに、赤い線の塊の中に自分の身体を押し込んだ。彼にとって初めての行動であるにも拘わらず、それこそが自分が取るべき行動であると確信した。
そして彼の身体に久方振りの視覚が戻ってきた。近場の湖を覗いて、自分の体が豚の魔物になっている事を理解する。そして同時に自分の体が豚の魔物の何処に居るのか、自分が何になっているのかを理解した。
自分は心臓になっていた。そして先程自分が見ていたのは魔物や生物の身体を巡る血管であると理解した。折角知る人ぞ憧れる異世界転生を果たしたにも拘わらず心臓の怪物にされて他者の肉体を乗っ取らなければ物も見れないという屈辱に、彼は強く憤った。それにはそれまでの順風満帆な人生からの落差も少なからず関係している。
一通り感情を爆発させた後、彼はこの屈辱を忘れない為に自らを
そして暫くの時が経って、彼の前に自らと同じ境遇を持つという者達が現れた。一生続くとも感じられた孤独は終わりを告げ、一筋の希望が見えた。
彼が受けた指示は一つ、鬼ヶ帝国という国を滅亡させる事だった。
*
臟にとっての過去、それは何者であろうと触れてはならない領域である。その何者に、敵や味方の例外は一切ない。臟にとって過去を振り返る行為は、今の彼の悲惨な現状をより際立たせるからだ。
その何者も触れてはならない過去に土足で踏み込む者が居た。その者は臟の身の上に一切の興味は無いと断じた。その者にとっての臟とは廠桓や鳳厳の命を私欲の為に使い潰した悪辣な怪物としか映っていないのだ。それが何よりも臟を激昂させる行為である事は他でも無い当人が一番良く理解していた。
その人物は鬼ヶ帝国に生まれ死に、また同じ帝国に転生した特異な《転生者》虎徹。彼女の意識は哲郎と共にこの国を救う事だけに集中していた。
「おいお前、今の言葉を撤回するなら今だぜ。でなきゃお前、今この場で八つ裂きになるぜ?」
臟が操る鳳厳の顔が隠そうともしない憤怒に染まっていく。気の弱い者が見ればその表情だけで気を失ってしまいそうな迫力があったが、虎徹は何処吹く風とでも言わんばかりに涼しい表情を浮かべていた。臟に同情する気など一切無いのだ。
「何度も言わせるな。貴様の身の上など毛程も興味無いと言うておるのじゃ。
其れ程迄に其の風体が気に食わんのならさっさと自害でもして居れば良かったのじゃ。其れも嫌ならば人目に付かん所でこじんまりと暮らしておれ!!!」
「・・・・・・・・・・お前が惨たらしく殺されたいってのは十分分かった。ならお前を八つ裂きにして殺してやるよ。
そうすりゃ今度はバケモンに転生出来るかもな。俺と同じよぉッ!!!!!」
臟の感情は遂に臨界点を超えた。その感情に身を任せて虎徹達に向けて薙刀を振るう。自分の事を存在ごと侮辱した怨敵の半身を生き別れにしてやろうという執念が刃には乗っていた。
臟の意識は虎徹を確実に葬り去るという、その一点のみに向いていた。それ故に彼は見落としてしまう。今自分が置かれている状況を。今の自分の肉体の状態を。
「ッッッ!!!?」
「やはり単細胞の阿呆じゃな貴様は。儂が唯徒にくっちゃべって居ただけじゃと思うのか。
何より其の身体は貴様にとっては所詮は借り物じゃよ!!!」
臟の横薙ぎの攻撃は虎徹達に命中する寸前で止まった。反射的に足元に視線を送り、即座にその理由に気付く。
臟はやはり鳳厳の肉体の扱いに慣れてはいなかった。彼の体で、彼の目で見えていたものが臟には理解出来ていなかった。
攻撃を受け止めたのは、戦線に復帰した哲郎だった。哲郎の小柄な体は鳳厳の至近距離に入ると、完全に死角に入り込んで臟の瞬間的な判断能力を奪った。
その一瞬の硬直時間を見逃す哲郎ではない。両手で臟の腕を掴み、一気に身体を折り曲げる。
「やあああああああああああああっ!!!!!」
『ズドォンッ!!!!!』『!!!!!』
臟は受け身を取る暇もなく背中から地面に投げ落とされた。本来ならば血でクッションを作り出して衝撃を吸収する程度の対応は出来た筈だが、その時間的余裕さえも無かった。
鳳厳の身体を通して臟に身を引き裂くような激痛が流れ込んで来た。