臟は乗っ取った生物の体の感覚を自在に切断する事が出来る。先程舌を噛み切っても平然としていた理由はそれだ。
その為彼は戦闘の場において痛覚を覚える事が滅多に無い。攻撃を受ける直前に感覚を切断すれば良いし、それ以前に血の鎧を突破出来る者など限られてくる。
しかしそれは即ち、痛覚への耐性が無いとも言い換えられる。鳳厳の背中を通して身体全体に響き渡る身を引き裂くような激痛は臟の精神的な許容量を遥かに超えていた。
「━━━━ガハァッ!!!!!」
それは、哲郎がこの長い戦いの中で初めて臟に有効打を与えた瞬間だった。
剛柔一体の血の鎧、本体を匿っていた廠桓の身体、そして新たに手に入れた鳳厳の身体。その無数の障壁を乗り越えた先に、攻撃を成功させる瞬間は待っていた。
地面という鈍器に背中を打ち付けた激痛は臟の精神を一色に塗り潰した。仮にこの一撃を受けたのが鳳厳だったならば歯を食いしばって耐える事は出来たかもしれない。そういう意味では臟の弱点は精神力にあるとも言える。
兎にも角にも、哲郎の一撃によって臟に一瞬の隙が生まれた。それはこの戦況を一変させるには十分な時間だった。
「大儀じゃ哲郎!! 離れておれ!!」
「!!!」
地面に投げ落とされて一瞬硬直した臟に向けて、虎徹が追撃を加えた。指先に《墨汁》を集中させて、臟に向けて打ち出す。
虎徹の能力《墨汁》は、塗り潰した部分を己の支配下に置き、新しい性質を書き加える事が出来る。即ち当たりさえすればそれだけで戦況を一変させることが出来るのだ。
「無駄だって言ってんだろ!!! 俺とお前の能力は互角なんだ!!!」
臟は先程噛み切った舌から血を吹き出し、眼前に盾を作った。
臟が言った通り、虎徹の《墨汁》と臟の血の能力の強度は互角である。それは二人の能力が何度も相殺している事からも明確だった。
しかしそれは虎徹も十分に理解していた。自分の血液も同然の《墨汁》を、何よりこの絶対的な好機を無為に逸する彼女では無い。
「分かっておる。癪じゃが儂と主の能力は互角じゃ。
故に今度は濃度を一点に集中させた。一点でも破れば其れで良いからな!!」
「!!!!?」
臟の血の盾に僅かな罅が入り、そこから黒い矢が吹き出した。それが虎徹の《墨汁》である事は火を見るより明らかだった。
口で説明した通り、虎徹は能力を一点に集約させて放った。二人の能力は確かに互角だが、面積を広げた血の盾と一点だけを狙った墨汁の矢では後者に軍配が上がる。
「!!!!」
虎徹の墨汁の矢が臟に命中した。臟は辛うじて武器を持っていない左腕で防御するが、それは虎徹にとっては些細な違いである。命中した時点で虎徹の能力は身体を蝕むのだ。
「ぐおぉっ・・・・・・・・!!!」
臟の左腕が一瞬の内に真っ黒に染った。その時点で臟は乗っ取っている鳳厳の左腕を動かせなくなっている事を理解した。
虎徹の能力の内容は事前に知っていたが、塗り潰して支配下に置くという事がどのようなものなのかを実体験によって理解した。
「ぐっ!!!」
『ズバァッ!!!!』
『!!!』
虎徹の《墨汁》は左腕から胴体に向けて染み込み、鳳厳の肉体の全てを塗り潰そうとした。
臟は《墨汁》の侵食が全身に及ぶ前に左腕を切断した。左腕の痛覚を遮断し、右手に持った薙刀の刃で切り落とす。
鳳厳の身体は、臟に乗っ取られた時点で絶命しており血は流れていない。その為、切断面に薄く血の膜を張るだけで止血は完了した。
しかし左腕を失った事で体のバランスを崩した事と先程の哲郎の攻撃の蓄積したダメージが相まって片膝を着いてしまう。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・!!!」
「遂に追い詰めたぞ、臟よ!!!」
前方からは虎徹と凰蓮が、後方からは哲郎が警戒しつつもじりじりと歩を進めてくる。
先程までは互角の戦いを繰り広げていたが、たった一手でその均衡は崩れた。虎徹の能力にはたった一発命中しただけで戦況をひっくり返す力があるのだ。
「━━━━誰を追い詰めたって!!?」
「!!?」
臟は左腕の切断面から血を吹き出し、その血を練り固めて仮初の左腕を整形した。血の矢や刃物を作り出した血液凝固と同じ要領だ。
「・・・・・・未だ降伏する気は無いようじゃな。此の国から手を引き、貴様を取り込んだ者共の情報を洗いざらい吐けば命だけは助けてやらんでもないと思っておったのにな。」
「・・・・・・調子に乗んなって言いてぇ所だが認めてやるよ。今のではっきりと目が覚めた。お前の能力は恐ろしいくらいに強い。間違っても舐めてかかっちゃいけない位にはな!!!」
「はっ!!! 気付くのが千年遅いわ戯けが!!! 次は其の良く回る口を塗り潰して何も話せんようにしてくれる!!!」
虎徹と臟の舌戦を聞いた哲郎はひしひしと理解していた。この一連の攻撃が持つ意味は大きい。《転生者》同士の連携の中にこそこの戦いを制する鍵があるという事を。