凰蓮が武器を構えている、その姿は《転生者》の臟にも少なからず緊張感を与えた。それは手に持った武器の殺傷力よりも彼の決意に溢れた表情の占める割合が大きかった。
凰蓮は今夜の奇襲を計画したその時から既に、鳳厳が死ぬ可能性を、自分が彼を殺す事になる可能性を覚悟していた。
その鳳厳は既にもう居ない。帝国の崩壊を目論む悪しき《転生者》臟に乗っ取られてしまったからだ。
その光景を目の当たりにした瞬間に、自分が鳳厳の身体を破壊する事になるのだと覚悟した。それが鬼門組の総監として帝国を守る為に必要な事であれば、私情の介在する余地は無い。
「うざってぇ!!!」
「!!」
臟は切断された左腕の断面を凰蓮の方に向けて、血を噴出した。その行為には二つの戦略的意図があると瞬時に理解した。
まず、血の逆噴射によって哲郎の投げの勢いを相殺しようという意図。そしてもう一つ、血を掛ける事で凰蓮の動きを封じようという意図だ。
『グザッ!!!!』
「ッッ!!!?」
凰蓮は臟の行為の意図を瞬時に見抜き、その対抗策を講じた。
臟の血が体に掛かるより前に、手に持った薙刀を臟に向けて投げ付けた。動きを封じるという事は血液を凝固させるという事である。しかし勢いを相殺する為に噴出させている間は血液を流動化させるしか無い。その戦法上の矛盾が隙を生んだ。
凰蓮に向けて吹き出した血液が逆に視覚上の障害物になり、飛来してくる薙刀への反応が遅れた。空中で体の自由が効きにくい状況とも相まって、躱し切れずに刃が左肩に突き刺さる。
凰蓮は既に噴出された血を浴びたが、そんな事は最早些事であると、他でも無い凰蓮が一番良く理解していた。
「良い機転じゃ凰蓮!!! 畳み掛けろ!!!」
「はいっ!!!」
「!!!」
臟の背後から虎徹と哲郎、そして左腕から作られた龍が一斉に距離を詰めて来た。
「このっ、うじゃうじゃとよォ!!!」
臟は口を開け、既に噛み切った舌から血を噴出した。その攻撃は今までのものとは異なると、哲郎と虎徹は瞬時に見抜いた。
虎徹は先程、《墨汁》を一点に凝縮圧縮させて撃ち出した。それによって臟の血液の防御を破り、左腕を奪う事へ繋がった。その攻撃を臟も利用したのだ。
虎徹と臟の能力は互角。先程不覚を取ったのは一点に対する圧力に差があったからだ。ならば撃ち方を同じにすれば最低でも互角、撃ち負ける道理は無い。
無論これで敵を討ち取れるなどと思ってはいないが、前進を断ち切って体勢を立て直す事が目的だった。
「甘いですよ!!!」
「!!?」
臟は無意識の内に、自分の攻撃を受けるのは虎徹だと思い込んでいた。しかし目の前で起こる現実は異なり、哲郎が前に出た。
哲郎は血液が着弾する瞬間、腕を回転させて脱力させ、一気に手を振り上げた。その動きに流されるように血液は流れを変え、上方向へと飛んで行く。
臟はその動きを知っていた。それでも驚いたのは哲郎が壁役を自ら買って出たからだ。
(あれは魚人武術の滑川、《
「僕は元々躱すのが得意ですよ!!!」
「よくやった哲郎!!! 後は任せろ!!!」
「!!!」
哲郎の予想外の行動に一瞬たじろいだその隙をついて、虎徹が行動を起こした。地面を踏み締め、そして一気に脚力を爆発させる。
一秒と経たない内に、虎徹は自分の拳が臟に命中する射程距離へと入り込む。この爆発的加速は虎徹の元来の身体能力によるものだ。
「ハァッ!!!!」
『ドゴッ!!!!』
「!!!!」
虎徹は足を踏み込んだ、その勢いのままに臟を殴り飛ばした。 その腕に『剛』の字が記されているのを臟は見た。
虎徹の《墨汁》が血液と同等に重要と言っても、今は臟に決定打を撃ち込む千載一遇の機会である。自分の血液であっても出し惜しむ道理は無い。
『ズガッ!!! バガッ!!! ドゴォンッ!!!!』
「!!!」
臟の、その本体を覆っている鳳厳の体はその巨体を感じさせない程の勢いで吹き飛ばされた。
何度も地面へ叩き付けられ、林の中の木の幹に衝突してその運動はようやく止まった。
「・・・・・・・・・・・・・・!!!」
臟は殴られる瞬間に痛覚を遮断していたが、鳳厳の肉体に残るダメージまでは消せなかった。右足が痺れ、殴られた右目がやや霞んでいる。三人がかりという有利があったとはいえそれだけの負傷を負わされた事実に、臟は顔を顰めた。
「遂に追い詰めたぞ、臟よ。」
「!!!」
その臟に向けて、虎徹、哲郎、凰蓮の三人が少しづつ歩を詰めてくる。それは決して慢心などではなく、警戒故の慎重な行動だ。
しかしその表情には何人もの人間の命や尊厳を踏み躙った臟への強い憤りと、今この場で確実に決着をつけるという意思が見えていた。
(追い詰めた、か。確かにそうかもな。なら━━━━━━━━!!!)