痛覚を遮断していると言っても、鳳厳の肉体は既に限界に近づいている。それはこの場にいる全員の共通認識だった。
骨折した腕はたとえ血液を循環させようとも無理に動かそうとすれば不具合を起こし、仮に眼球が破壊されたならばいくら臟の能力を使おうとも視覚を得ることは無い。臟の能力は血液にしか干渉出来ないのだ。
「・・・・・・・・・どうやら遂に悪運尽きたようじゃな。或いは鳳厳の肉体に巡り会った時に一生分の運を使い果たしたか?」
「・・・・・・・・・」
「立ち上がろうともせんとはな。否、立ち上がれんのか? 先に殴られた時に足迄やられたか!?」
臟は座り込んで動こうともしなかった。哲郎達にはそれが自分達の有利の証明なのか臟の策なのか、判断がつかなかった。
それは虎徹も同様だった。口では臟を挑発するような言葉を言いつつも、臟の謀を常に頭の中で第一に浮かべていた。
「━━━━フッフッフ。」
「!!! 離れろ!!」
臟の口から細い笑い声が漏れた。その現象を真っ先に感知し、虎徹は
今の臟は鳳厳の身体を身に纏っている。今真っ先に恐れるべきは強靭な筋肉にものを言わせた物理的な攻撃だ。
それを警戒し、距離を取る事こそが最も
「ダッハッハ!! 引っ掛かりやがった、この時を待ってたぜ!!!
お前等が俺の側から一目散に離れようとするこの時をよォ!!!」
『!!!?』
臟の口からその言葉が発せられた瞬間、周囲から一斉に血液が吹き出した。今までの激闘の中で大地に振り撒かれた臟の能力の血液だ。
臟のこの策は、ただ哲郎達が離れているだけでは成立しない。彼等が臟の近くに居り、尚且つ彼等の意識が《逃走》の一色に染まっているという事が条件である。
『ドバッ!!!』『!!?』
「虎徹さん!!!」「哲郎!!!」
噴射し、流動化した臟の血液が哲郎と虎徹の間に着地した。まるで哲郎と虎徹を分断するという意志を持って動いているように感じられた。
それが脳内に過ぎった瞬間、哲郎は臟の謀の内容を見抜き、凰蓮に言葉を発する。
「凰蓮さん!!! この血を吹き飛ばしてください!!!!
臟は僕と虎徹さんを分断する気です!!!!」
「!!! 分かりました!!!」
「馬鹿め!!! それを見逃すと思ってんのか!!!」
「!!?」
臟の、鳳厳の切断された左腕の断面から血液が噴出し、凰蓮の右腕に巻き付いた。手に持った薙刀で血を吹き飛ばす、その行為は未遂に終わった。
それによって哲郎達の未来は決定された。
(!!! これは━━━━!!!)
哲郎と虎徹を分断した血液が更に広がり、球状にその形を変えて行く。それによって哲郎は血液が自分達を閉じ込める結界の役割を果たそうとしているのだと、そして自分達はこの結界に閉じ込められる運命からは逃れられないのだという事を理解した。
(くっ!! やられた!! もう逃れられない!!!
でも、それならそれで出来る事はある!!!)
「虎徹さん!!! 今すぐ彩奈さんの元へ向かってください!!! ここは僕達でどうにかします!!!!」
「・・・・・・!!! 分かった!! 絶対に死ぬなよ!!!」
この状況は自分の判断の誤りが招いたものだ。しかし自分を一切責める様子の無い哲郎に、虎徹は感謝の念を示し、そして激励の言葉を発した。
その直後、虎徹の眼前に巨大な深紅のドームが形成された。
***
「・・・・・・・・・・・・・・!!!」
「・・・・・・まだこのような隠し球を持っていたとはね・・・・・・。」
哲郎と凰蓮は臟が作り出した空間に閉じ込められた。そこは血液によって形成されたが故に、赤黒く染っていた。
そしてその壁は液体と個体の中間を保っているかのような状態だった。更に、その状態の血液は床全体にも広がっていた。哲郎達二人は、完全に血液によって囲まれた事になる。
「地面を掘り進んで逃れる、などという凡作は真っ先に対策されていますね。先程の事と言い、どうやら認識を改めなけらばならないようです。」
「ハッ!! 当たり前だろ。俺が命令をこなすだけの木偶の坊だと思ってんなら今すぐにでも総監を降りた方が良いぜ。
尤も、明日まで生き残れたならの話だがな!!!」
「!!!」
哲郎と凰蓮の前に、臟が姿を現した。その表情は己が策を成功させた愉悦と緊張が混ざり合い、臨戦態勢に入っている。
そして血の結界の壁から血液が吹き出した。それは臟の手の中で形を変える。左腕に作られた血の義手が、同じく血液で作られた剣を握っているというその行為は非効率的なものであった。
しかし、哲郎達は理解していた。これは臟の挑発なのだ。今やこの空間は自分の意のままに操る事の出来る、処刑場なのだという事を理解させられた。