「ぬんっ!!!!!」
『ガァンッ!!!!!』
虎徹は野太い声を発しながら、眼前に広がる深紅の壁を殴りつけた。拳は墨汁を纏って強度を確保し、更に《剛》の字を付与して腕力も増強している。
しかし、それ程膳立てをしても尚、血液の壁はびくともしなかった。反動による負傷など一切恐れていなかったにも関わらず だ。
(ぬぅっ・・・・・・!! やはり駄目か!! 致し方無い。ならば・・・・・・!)
全力の一撃でも破壊出来ない現実を目の当たりにして、虎徹は意識を切り替えた。
彼女の能力である《墨汁》で性質を付与する事が対策されている事は既に確認済みだ。それはこの血の壁もまた然りだろう。
ならば己の血液も同然の墨汁をここで空費する訳にはいかない。自分の能力は適所で有効活用するだけだ。
その適所に居る人間に通信を試みる。
「彩奈!! 聞こえるか 儂じゃ!!」
『!!? 虎徹さん!!?』
「詳しい事は後で話すが、早い話が敵に分断された!! 儂は此れから全速力で本部へ戻る!!!」
『えっ・・・・・・・・・!!?』
*
彩奈が今居る陸華仙は、影の戦場と化していた。部屋に隔離した烽鰐は依然として猛獣のように暴れている。
まるで残りの体力を全て使い果たすように、そうするように命じられているかのようだった。人間の理性を奪い、物言わぬ戦闘人形に変化させる、その能力のおぞましさが本部全体に伝わるのにそう時間は掛からなかった。
そして、帝国を守る役割を与えられている陸華仙の彼等に、帝国に未曾有の危機が迫っている事も同様に伝わっていた。
烽鰐の他に、鼈恍、狛邉、鉈鮫という三人の凶悪犯が同様に正気を失い、逢魔ヶ宮殿に向かっているという情報は彩奈の口から発せられ、瞬く間に本部全体を駆け巡った。
しかし、そのような未曾有の危機を前にしても隊員達は動揺を見せなかった。冷静に状況を把握し、迅速に対応する隊員達の精神力の強靭さに驚かされるばかりだった。
そしてその中心には、
「苺禍隊長、規定の隊員全員に加え、巡回中の鬼門組の隊員全員を宮殿に送り届ける事に成功しました!!!」
苺禍
彩奈にとって彼女の第一印象は決して良いものでは無かった。取り調べで老人に暴行を働く姿を目の当たりにしたのだから。
しかし、その認識は誤っていたのだと、彩奈は思い直した。彼女は強靭な精神力と正義感を併せ持った、正に隊長に相応しい人間なのだと理解した。
「了解した。宮殿にはまだ一人も潜入してはいないな?」
「はっ!! 既に百名以上の暴徒の鎮圧に成功していますが、例の三人はまだ━━━━!!!」
苺禍はその報告に苦い表情を浮かべたが、想定の範疇ではあった。
例の三人とは言うまでもなく、鼈恍、狛邉、鉈鮫の事だ。彼等は牛檑と同列に扱われる凶悪犯である。その罪状と戦闘力が相まって、例外無く一万艮(一億円相当)以上の懸賞金を懸けられている。
そんな凶悪犯が三人居て、隊員達に確保出来るかと問われれば、無情にも答えは否である。
鳳厳の権力の笠に隠れている事も要因の一つではあるが、その戦闘力は鬼門組の力にも太刀打ち出来る程である。
「━━━━分かった。無理に深追いはするな。極論だが宮殿から避難させる時間を稼げればそれで良いんだ。引き続き地域に配属されている隊員にも応援を要請しろ。
ところで、鳳厳の根城へ向かった総監殿達と連絡は取れたのか!!?」
「いえ、つい先程連絡が途絶えたきり、誰とも━━━━!!!」
その返答は、辛うじて苺禍の想定内ではあった。
牛檑を始めとする凶悪犯を容易く己が傀儡に変える、そのような人知を超えた能力を持つ者と凰蓮は戦っているのだ。組の隊長としては最悪の可能性も頭に入れておかなければならない。
「烽鰐は依然として例の部屋に拘禁している。
悔しいが私はこの場を離れる事は出来ない。既に蕺喬様が用意して下さった睡眠薬を噴霧したが、効果は無かった・・・・・・!!」
苺禍はまだ知らない事だが、臟の血液によって身体を操られている者は眠らせようと意識を奪おうと止まる事は無い。この特徴が暴徒達の鎮圧の難易度を一気に引き上げているのだ。
「た、隊長!! 苺禍隊長!!!」
「どうした!!?」
隊員の一人が冷静さを欠いた表情で走って来た。その隊員には陸華仙の門前を警護し、これ以上敵を本部に入れない役目が与えられていた。その彼が血相を変えて走って来た事からも、大至急対処しなければならない事が起こったのは誰の目にも明らかだった。
「さ、先程、男が一人陸華仙の門前に現れました・・・・・・・・・!!!」
「男だと!? 一般市民なら今すぐに本部へ保護しろ!!! 此の状況で態々私の指示など仰ぐな!!!」
「い、いえそれが、私の記憶に誤りが無ければ、あの男は、《珂豚》と思われます・・・・・・・・・!!!!」
『!!!?』