周囲一帯が真紅に染め上げられた空間に哲郎と凰蓮は立っていた。二人の目の前に立っているのはこの真紅の空間を作り上げた張本人の臟である。
臟は今、鳳厳の肉体を身に纏い両手にそれぞれ武器を握っている。その内の左腕は哲郎達の奮闘によって切断出来たが、臟は即座に血液を凝固させて義手を作り出した。
そしてその左腕に握った武器は同様に血液を凝固させて作り出したものだ。その事実こそが、哲郎達に今自分達が立っているこの場所は臟の独壇場だという事を何よりも雄弁に語っていた。
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『・・・・・・凰蓮さん、何に一番警戒しなくちゃいけないかは分かっていますよね?』
『・・・・・・えぇ。彼の血が体内に入る事でしょう。』
哲郎は自分が最も懸念している事を凰蓮と共有した。
新たに手に入れた鳳厳の肉体に気を取られそうになるが、臟の血の特異性が失われた訳ではない。その中でも最も恐るべきは血液が体内に入り込んだ対象を意のままに操る能力だ。
その能力を使って臟は鳳厳の左腕を操った。それは即ち血で対象を操る能力は凰蓮にも有効である可能性が高いという事を示す。その能力が彼の全身に及んだ場合、哲郎の勝機は限り無く低くなる。それは凰蓮も同様に理解している事だった。
『私と鳳厳の肉体強度は客観的に見ても互角。恐らく彼の血で操る能力は私にも有効でしょう。
此のあらゆる場所から血液を噴出出来る環境で其の危険性は跳ね上がった訳です。』
『はい。ですから僕は凰蓮さんに飛んでくる血の攻撃を捌く事に全力を注ぎます。それで隙が出来た時に凰蓮さんが止めを刺してください。出来れば一撃で・・・・・・・・・・!!!』
この戦いの末に臟が命を落とす可能性。哲郎は既にその結末を迎える覚悟を決めていた。
その切っ掛けはやはり、虎徹が廠桓の首を両断した時だろう。自分が人の死の片棒を担ぐという非日常的な経験が哲郎の思考に手を加えた。
たとえ自分が手を下さずとも、自分達の戦いの果てに相手が死ぬ、その結末に目を瞑らなければならない時がある と。
(そうだ。これは武道会みたいにルールで守られた戦いじゃない。あっちは僕たちを殺そうとしてるんだ。
凰蓮さんが
哲郎と凰蓮の会話と哲郎の思考。それに掛かった時間は約数秒。臟はそれだけの時間を漫然と過ごした訳では断じて無かった。
臟は準備をしていたのだ。自分の背後の血液を圧縮させて何時でも発射出来るように態勢を整える。一撃で確実に凰蓮の五体に血液を流し込む為に。
「おら余所見すんなァ!!!」
『!!!』
臟の背後、血液を凝固させた壁が一斉に炸裂した。
十数本の血の矢、そして数枚の回転式の刃が一斉に襲い掛かる。臟は凰蓮が血液の攻撃を受ける可能性に直面すれば哲郎が身を張って守る事を予測していた。その予測への対策は単純明快、唯只管に物量を増やす事だった。
「ぬあああああッッッ!!!!!」
「!!」
臟の予測通り、哲郎が凰蓮の前に出た。両手で十八番の防御技 魚人武術の《滑川》を発動し、血の一斉攻撃を全て逸らす。
臟は哲郎が血の攻撃を捌き切る事を想定していた。彼の狙いは攻撃を捌き切った瞬間に生まれる一瞬の気の緩みだった。
『ズドッ!!!』
「!!!」
瞬間、哲郎の肩に鋭い痛みが走った。臟の血の矢が肩を貫通したのだ。
哲郎が反応出来なかった理由は臟の矢の
(やった!! 凰蓮がダメならこいつでお前を操ってや)
(そんな事はさせないッッッ!!!!!)
「!!?」
臟に肩を貫かれ、傷口から異なる血が入り込む感触を味わった瞬間、哲郎は持てる意識の全てを《適応》に集中させた。
それが功を奏し、臟が血を通して哲郎の体の主導権を乗っ取るより早くその状態に《適応》出来た。
そして一番の功績は、臟の意識が一瞬とはいえ哲郎に集中した事だった。その一瞬は凰蓮が爆発的な脚力を発揮し、臟との距離を詰めるには十分過ぎる時間だった。
「カァッッッ!!!!!」
『ガァンッッッ!!!!!』
「!!!!!」
凰蓮は薙刀の射程距離に入った瞬間、渾身の力を込めて刃を振るった。
しかし、その一撃は阻まれた。臟の左腕に握った武器が流動化して変形し、盾となって受け止めたのだ。
一瞬の内に防御が間に合った理由は臟がその攻撃を予め予測していたからに他ならない。
「・・・・・・・・・・ッ!!!」
「ハッハ!! 《CHASER》 が守ってお前が叩く!! 今までの性格を見てりゃ猿でも分かるパターンだぜ!!
そんなバレバレの攻撃じゃ百回繰り返したって俺の命にゃ届かねぇよ!!!」