両手の指を故意に捨てるなど、戦闘の場においては有り得ない事である。握力は激減し、拳を握る事も叶わず、武器をまともに扱う事が出来なくなる事は想像に難くない。
しかし、臟は涼しい顔でそれを実行した。武器の刃に軽く指を滑らせるだけで皮膚や筋肉、そして骨は両断された。
しかしそれが唯の自傷行為でない事も勝負を捨てた訳でもない事も哲郎達は見抜いていた。寧ろこれは臟の策だ。指の切断と血を操る能力が合わさればそこには強力な攻撃が生まれる。
それを証明するように臟は指を捨てた右手、そして既に虎徹に奪われ血の代替物と化していた左手の両方を後ろに振り上げた。
「細切れになりやがれ!!!!!」
『!!!!!』
臟は不敵な笑みと宣言と共に両手を振るった。その指の切断面からは血が吹き出しており、血は固まってしなやかな鋼線のように変形していた。
両手の五指から吹き出すその十本の赤い線が、触れただけで己を両断するだろうという事を哲郎達は直感で理解した。
しかし、哲郎も凰蓮も襲い来る狂気に臆してなどいなかった。覚悟、そして臟に勝利する為に必要な事は既に理解し、それを実行する事に全霊を注ぐと決意していたからだ。
「哲郎さん、着いて来れますか!!?」
「もちろんです!!!」
哲郎と凰蓮は闘志を奮い起こしながら臟の攻撃に向かっていった。哲郎は両腕を脱力させて前方に構え、凰蓮も薙刀を振りかぶっている。
臟はその行動を視認していたが、悪足掻きにしか映っていなかった。己の血の鋼線は触れただけであらゆる物を切断できるという確信があったからだ。
「ハッ!!!!!」『ビュアッッッ!!!!!』
「フンッ!!!!!」『ギャリッッッ!!!!!』
「!!!!?」
振り上げた、哲郎の手刀と凰蓮の薙刀は臟の血の攻撃を吹き飛ばした。臟が反応したのはその事実ではなく、その際に聞こえた音にあった。それは迎え撃った際に響く音ではなかった。その判断材料から、哲郎達がやった事の本質に辿り着いた。
(こ、こいつらまさか・・・・・・!!!)
(やっぱり、血を練り固めてるといっても原理は剣や刃物と同じ!! 動きの流れに逆らわなきゃ受け流せる!!! 凰蓮さんもそれに気付いてた!!!)
臟は哲郎と同じ世界を生きた《転生者》である。その事実から逆算して哲郎は終始考えていた。臟が戦闘において何処から着想を得ているのか と。
それは自ずと元いた世界の情報からであるという仮説に達する。水や糸も使い方次第で物を切断出来る場合がある。臟のこの攻撃はその技術から着想を得ていると哲郎は結論づけた。
そして哲郎は何度も剣や刃物と対峙している。その度に情報の精度を上げ、時には自分で刃物に関する情報を調査する事もあった。
その調査の結果が今回の防御である。相手の攻撃の流れを自然に変化させる事は奇しくも哲郎が最も得意としている事だった。
(ぬぅっ!! こいつら冷静だったか!!
けどな、ただワイヤーぶん回してんのたァ訳が違ぇんだ!!! お前等が相手にしてんのは《転生者》の能力なんだぞ!!!)
「!!!」
臟が繰り出した十本の血の鋼線。その半ばから一斉に血が吹き出した。
吹き出した血は鋭く尖り、哲郎達に追撃を試みる。一本の鋼線から五本、総じて五十本の血の針が襲い掛かった。
(やはり一つの攻撃では満足しませんか。ですが何発撃ってこようと同じ事です。
貴方は《転生者》という肩書きに御執心のようですが、今相手にしているのは誇り高き鬼門組の総監なのですよ!!!)
「まだまだ行きますよ!!!」
「はいっ!!!」
『ぬああああああああああッッッ!!!!!』
「!!!!」
哲郎と凰蓮は目の前の攻撃に一切怯む事なく、真っ向から迎え撃った。手刀や薙刀を振るい、襲い来る血の攻撃の全てを己の急所から逸らす。
(こいつら、スピードが全く落ちねェ!!
それにこいつらの動き、相手に合わせようとしてるんじゃない!! ただお互い最高の動きをして、それがドンピシャで息のあった動きになってるんだ!!!)
臟の攻撃は哲郎達には一発も届かず、彼我の距離は着実に縮まっていく。哲郎達にそのような事が出来る所以を臟は見抜いていた。
それは二人が全力で己の身を守る行為を取っている事だ。仮にどちらかが相手の顔色を伺って動きに迷いが生じていれば攻撃が命中し、勝敗は決していただろう。
哲郎達もそれを理解していたからこそ乗り切る事が出来た。それは己を信頼し、そして隣に立つ相手を信頼していたからこそ出来た芸当だ。相手に依存する思考が一欠片でもあればこの猛攻を無傷で切り抜けるなど夢のまた夢だ。
(そうか、そういう事か!! 今日まで《CHASER》が戦い抜いてこれたのは組んだ相手の動きにドンピシャで合わせられたから!!!
こいつはそれを感覚じゃなく肌で理解した!!!)
臟は先程の凰蓮への人任せという罵倒を撤回しなければならないと認めた。そして意識は向かってくる二人の対処をどのようにするかという事に集中した。