臟は自分が操る鳳厳の肉体に限界が近付いている事を十分に理解していた。虎徹の拳を受けた時にその予感は現実味を帯びて迫って来ている事を感じていた。
故に臟は鳳厳の肉体から伝わる痛覚を遮断するようにした。激痛に怯むと付け入る隙を与えてしまう。それを防ぐ為にはこれが
その最適は、その一瞬においては当たっている。しかし戦況は刻一刻と変化するものである為、その最適が最悪に転ずる事すらある。
その後、臟は身体能力を引き上げる為に血液の速度を早めて一気に全身に巡らせた。それは確かに哲郎を叩き潰す上では
今まさに、臟が膝を付いた無様な姿を見せている事が何よりも明確にそれを示していた。
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哲郎は幼い頃、人間の
それは人間の体に危険を発信する為だ。
例えば人間には度を超えて熱いものに触れると咄嗟に手を離す《脊髄反射》という本能がある。それは触れ続けて火傷を負う事を防ぐ為だ。
そのように、人間は往々にして痛みを嫌悪するが痛みによって命を救われている。今回の臟も例外ではなかった。痛覚を遮断せずに肉体の状態を常に把握していれば今回のような事は防げた筈だと、他でも無い臟自身が理解していた。
(ダメだ!! 両足にちっとも力が入らねぇ!! 血管だけじゃなく筋繊維までズタズタになってるのか!!!
どうする!!? いっそこの左腕みたいに切り落として血で義足を作るか!!?
いやダメだ!! それだと強度が落ちる!! 片足ぶっ壊されて体勢を崩されたら一気に押し切られる!!! なら、これしかねぇか・・・・・・・・・!!!)
「ぬあああっ!!!」
『!!!』
臟は渾身の力を振り絞ったかのような声と共に立ち上がった。それは哲郎の目には信じられないものに映った。
「な、何で!! もう足は限界の筈なのに・・・・・・・・・!!!」
「いえ。何の事はありません。簡単な道理ですよ。」
「! 凰蓮さん!!」
哲郎の背後から声を掛けたのは休息から舞い戻った凰蓮だった。表情こそ気丈に見えても、肩は目に見えて上下し、顔には汗が滲んでいる。
多少動けるようにはなっても完全には回復し切っていなかった。
(凰蓮!! 痩せ我慢で立ち上がって来たか!!)
「凰蓮さん、簡単な道理っていうのは!?」
「言葉の通りです。牛檑達を操ったように、鳳厳の両足を自分の意思で操っているんですよ。其れならば肉体の状態は関係ありません。意識を奪おうとも止まらない事は私達が一番良く理解していますからね・・・・・・・・・!!」
凰蓮、延いては鬼門組は臟が操り暴徒化した男達との戦闘を既に経験している。身体をどれだけ傷付けられようとも意識を失おうとも彼等は操り人形のように向かって来た。
その様子に鬼門組の面々は多少なりとも怖気を覚え、そのような悪辣な事を平然とやってのける張本人、即ち臟に怒りを覚えていた。
しかしその時、哲郎と臟は別の事を考えていた。
(ぬぅっ・・・・・・・・・!! これでどうにかこいつの足で立って動けるようにはなったが、やっぱりやりにくいぜ。言っちまえば自分の両足をラジコンみてぇに細かい指示出して動かしてるようなもんだからな・・・・・・・・・!!
何より両足の筋肉がズタズタなのには変わりがねぇ。もうあんな無茶は出来ねぇ・・・・・・・・・!!!)
臟の思考は自分の状態の把握に専念していた。一瞬繋げた神経からは叫びそうになる程の激痛が走ってきた。それだけの、言わば警告を自分は無視していたのだと臟は理解した。
対する哲郎の思考は、凰蓮が語った推測を独自に反芻していた。
(そうか。自分の体のように動かせないから、外から操る事に切り替えた━━━━
!!!)
哲郎は今の臟がやっている事とこれまでに起こった事を総合させて、そこに一つの謎を見つけた。その謎を氷解させた結果、一つの仮説に辿り着いた。
(そういう事か!!? いや、そう考えた方が自然だ!!! そうじゃなきゃきっと脳が耐えられない━━━━)
『━━━━ろう!! 哲郎!! 聞こえるか!!?』
「!!」
哲郎の思考に入ってきたのは虎徹の声だった。その声の出処は言うまでもなく、彼女の能力が付与された札だ。
その声は哲郎だけに聞こえるように声量を調整されていた。そこに虎徹の意図を汲み取った。
『反応はせんでいい。主が危険な状態にある事は分かっておる。良いか、今から儂のする問いに例のやり方で答えろ。
「!!?」
例のやり方とは、『はい』なら一回音を出し、『いいえ』ならば二回音を出すというものだ。故に哲郎は札がしまってある場所を二回叩いた。
『・・・・・・・・・そうか。なら聞け・・・・・・・・・。』
その後に虎徹が語った事は、哲郎がそれまで考えていた事と合致していた。