それは先程、臟が虎徹が召喚した龍に対抗する為に発動した鮮血の野獣。当初は臟の失われた左腕の義手が変形する事で臟の武器となったが、この血の結界の内部ではその野獣が大量に召喚された。
その見た目の迫力に圧倒されていた哲郎だったが、次の瞬間には臟の攻撃の意図を見抜いた。
その血の野獣の大群は臟の身体から切り離され、自立して行動していた。即ち、血の野獣が臟を守っており、その包囲網を掻い潜って臟を攻撃しなければならないのだ。
(もう鳳厳の体は戦えないと判断して、血を操る戦い方に賭けたのか!!!)
「さあ行けぇ!!!」
『!!!』
臟が腕を振り上げると同時に、血の野獣の大群が一斉に襲い掛かった。その動きは理性の無い野生のものとは違い、隊列を成して規則正しいものだった。
これらの野獣の膂力が先程左腕に携えたものと同じと仮定した場合、この大群の一体一体が虎徹が召喚した龍と張り合える力を持っている事になる。そうなっては最早、その脅威性は臟一人を上回る可能性すらある。
(ま、魔物!? ど、どうやって戦えば・・・・・・!!)
「ぬぅんっ!!!」
「!!!」
跋扈して襲い来る野獣の大群に面食らった哲郎の前に凰蓮が割って入り、そして手に持った武器を一閃した。
先程臟に攻撃された肩は利き腕とは逆の位置であったため、両腕には劣るものの力を入れて振り抜く事が出来た。血の野獣が数十匹、一斉に両断されて元の血溜まりへ戻った。
「凰蓮さん!!」
「哲郎さん、防御の手を緩めてはいけません!!
確かにこの血の獣の攻撃は脅威的ですが、消耗する血液の量も半端では無い筈です。恐らく残りの体力を全て注ぎ込んだ賭けの一発でしょう。
此の場さえ凌ぎ切れば、私達に勝機はある筈です!!!」
「!!!」
哲郎はまたしても、凰蓮の冷静で成熟した思考と言葉に救われた。
凰蓮には哲郎のような回復力は無い。先程切り裂かれた肩からは依然として鮮血が滴っている。通常ならば意識を保っているだけで精一杯な程の激痛が絶えず身体を襲っている筈だ。
その状態であっても凰蓮は冷静に臟の状態を洞察し、自分達が何をしなければならないかを言い当てた。それを可能とする為に果たしてどれだけ強靭な精神力が必要となるか、哲郎には想像もつかなかった。
(そう。そうだ!! 何やってるんだ僕は!!! 凰蓮さんはもう戦う事すら難しいのにこんな無理をさせて!!
今の僕達は自分に出来る事は絶対にやり遂げなくちゃいけないんだ!!! 何よりさっきも言ったみたいに臟はもう限界が近いんだ。だからこそ鳳厳の身体じゃなく血を操る能力で勝負を掛けた。戦況は別に、僕達に不利になった訳じゃない!!!)
「さぁ次軍行けぇッ!!!」
『!!!』
臟が振り上げた腕を下ろすのを合図として、血の野獣の大群が再び襲い掛かった。次の攻撃、野獣達は二列を組んで走っていた。
哲郎達が辛うじて最初の攻撃を凌いでも、その隙を突いて二列目の野獣が急所を狙う、それが臟の意図だった。
(第一陣は《CHASER》の足止めだ。それで一瞬でも隙が生まれりゃ、今度こそ凰蓮を攻撃出来る。
最低でももう片腕、あわよくば喉笛噛み切ってあいつらを詰んでやる!!!)
「僕が待ってると思うんですか!!?」
「!!?」
「哲郎さん!!?」
臟は哲郎のこれまでの行動傾向から、血の野獣が自分の腕の射程距離に入った瞬間に攻撃を捌く防御策を取ると考えた。しかしその予測を完全に裏切り、哲郎は駆け出して野獣の大群との距離を詰めた。
それを見た瞬間、臟は哲郎の行動が《適応》を盾にして野獣の攻撃を受け止め、野獣達を凰蓮の射程距離に入れない為だと考えた。
故に臟は哲郎に一番近い野獣に、全力で噛み付くよう命じた。《適応》の能力ごと哲郎の身体を噛みちぎり、全身を寸断させない為だ。
「ぬぅっ!!!」
『ガキィンッ!!!!!』
『!!!』
野獣が口を開いた瞬間、哲郎は跳び上がった。当然の結果として、野獣の咬合は空を切り、牙が衝突して金属音を鳴らす。
哲郎の回避は決して、激痛を恐れたからではない。それは哲郎の十八番の一つ、相手の攻撃の後隙を突いて強烈なカウンターを繰り出す為の回避行動だ。
今回もその例に漏れず、哲郎は空中で膝を曲げ、最前列に居た野獣の頭部を両膝で挟んだ。
「ぬあああッ!!!!!」
『ズガァンッ!!!!!』
「!!!」
哲郎は両膝で野獣を掴んだ状態で身体を前方に回転させた。その前宙の動きに巻き込まれる形で野獣も回転し、頭部から地面へ叩き落とされた。
その強烈な衝撃は一体の野獣のみならず、周囲に居た第一陣、二陣の野獣に纏めて衝撃を与え、元の血溜まりへと戻した。
(くっ!! 《CHASER》の奴、まだ心は折れてねぇか。
だが同じ事だ。このまま攻め続けて隙を作り、凰蓮の息の根を止めて《CHASER》を行動不能にする!!!)
(僕の技や能力は臟にも通用する!! この血の野獣の大群の陣形に隙を作って、今度こそ臟を一発で倒せるような一撃を叩き込む!!!)