血の結界が破られた。その事実を臟は真っ先に受け止めた。そんな筈は無いなどという非生産的な思考はこの戦闘の場において命取りになると分かっているからだ。
故に、臟の中にあった疑問とは血の結界が破られた事ではなく、誰が、如何にして結界を破ったのかという事だ。
(━━━━いや、
けど何でだ? 結界を作った時、外壁はあいつの全力でも破れない事は確認済みだった。あれを超える破壊力なんて生み出せるのか━━━━?)
「!!!!?」
臟は
それは大勢の男達だった。臟にとってその男達は見ず知らずの人々では無かった。
他でも無い臟との一戦の始まりの場である鳳厳の根城、そこに居合わせ、臟に操られていた鳳厳の配下の犯罪者達。彼等が跋扈して血の結界に襲い掛かったのだ。
そして取り分けて目を引いたのは彼等が身に纏っているものだった。彼等はそれまで着ていた荒れた着物ではなく、漆黒の鎧に身を包んでいた。
(まさか、そんな事が・・・・・・・・・・・・!!!!!)
『ビシビシッッ!!!』
「!!!」
血の結界の外壁全体にヒビが迸った。
臟が展開した血の結界は、まるで石橋のように、凝固した血液の一粒一粒が圧力を掛け合う事で強固性を保っている。しかし反面、どこか一箇所でも欠ければ忽ち安定性を失ってしまうという危険性も孕んでいる。
臟が操っていた犯罪者達の猛攻によって結界は風穴が開き、それによって結界の全体がドミノ倒しのように崩壊し始めたのだ。
『ガッシャアン!!!!!』
「!!!!!」
血の結界の全体にヒビ割れが伝播し、遂に凝固し、結合し、堅牢さを保っていた結界は限界を迎えた。
哲郎と凰蓮を閉じ込め、虎徹と分断する事で臟の優位性を成立させていた血の結界が、崩壊した。
「どうじゃ物の怪よ。其の結界を過去に使ったか否かは分からんが、破られるなどとは夢にも思っておらんかったじゃろう!!!」
「!!!」
血の結界の外壁が崩壊し、哲郎や臟の視界にも外の光景が映りこんだ。しかし臟の目が真っ先に捉えたのはこの結界を破った張本人である虎徹の姿だった。
しかし、彼女の様子は万全とは言えなかった。口では勝ち誇ったような事を言っているが、その顔には目に見えて汗が浮かんでいた。先程まで戦闘の場に居なかった筈の彼女がそこまで消耗している理由は一つしか無い。
「てめぇ、あいつらを
臟の予測は当たっている。虎徹は自分の
陸華仙に居た筈の虎徹がこの場に居る理由は言うまでもなく、彩奈の《転送》の能力によるものだ。そこまでは理解しているものの、臟は『信じられない』という思考を打ち消す事が出来なかった。
「有り得ねぇだろ!!! お前の《墨汁》はお前の血も同然の筈だろ!!! それにあいつらを完全に操れる保証が何処にある・・・・・・!!!」
「其れを貴様が言うか。簡単な事じゃ。
確かに今迄溜め込んでいた《墨汁》の殆どを使い切ってしまったが、操れんかった場合は組の奴等に押さえ込んでもらうつもりじゃった!!! 彼奴等を信用した儂の勝利という訳じゃよ!!!」
そこまで聞き終えた臟は押し黙った。もう一つの疑問に対する答えを既に彼女は出していると分かったからだ。
それは即ち、操った犯罪者達の動きを変化させて臟に気付かれないのかどうかという事だ。それに対し、虎徹はある仮説を立てていた。その仮説とは、『臟は血で操った人間に命令を出す事で遠隔操作している』というものだ。
「仮説というのも烏滸がましい、考えてみれば当然の事じゃよ!!!
数人ならばいざ知らず、何十何百という人間の動きを正確に把握出来る筈が無い。貴様の足りん頭ならば尚更、必ず脳が焼き切れる。
戦においてもそうじゃ。大将は雑兵に命じる事で目標を達成する。一人一人の動きを把握せんともな!!!」
「!!!」
虎徹は消耗こそしていたが、その表情は己の勝利を確信していた。片腕片足を失い、血の結界も破られた今の臟は攻防共に窮地に陥っている。
対する臟は一つの事実を噛み締めていた。それは勝利の為に、読める筈の無い攻撃を仕掛ける度胸があったのは自分だけでは無かったという事を。哲郎を出し抜いたと思った時、自分は既に、無意識の内にこれ以上自分が予測出来ない攻撃を食らう筈が無いという事を。