「・・・・・・・ごちそうさまでした。」
朝、それもまだ夜が明け朝日が差し込み掛けたばかりの頃、哲郎は諸手を合わせて一人そう呟いた。
その言葉の内容に違わず、彼は食事を終えたのである。その内容は茶碗一杯の白米に魚の骨で出汁を取った吸い物、そして醤油(少なくとも哲郎の舌にはそう感じられた)で炒めた野菜というものだった。
食事の量は決して多くは無く、通常の哲郎ならば十数分もあれば完食出来る筈だった。しかし今回はその全てを胃に収めるのに三十分近くを要した。
その理由は二つの『死』にある。即ち、助けられなかった鳳厳と敵として倒さざるを得なかった臟だ。人の死に人一倍敏感な哲郎にとって、これらの出来事は心に小さくない衝撃を与え、一夜明けた今も落ち着いているとは言えなかった。しかし戦闘を終えた今は少しでも栄養を補給しなければならないと自分に言い聞かせ、胃に押し込んだ。
「おぅおぅ、随分と早い目覚めじゃな。やはり話に聞いていたとおり、強かな童じゃの。」
「!
・・・・・・・おはようございます、
哲郎の前に姿を現したのは、鬼ヶ帝国一の腕を持つ名医、
哲郎が食事を取っているのは職員用に設置された食堂である。彩奈や虎徹は今、蕺の中の個室で睡眠を取っている状態だ。
しかし、哲郎は必ずしも病院である蕺に用がある訳では無い。本来、今回の事件の最重要関係者である哲郎達は警察施設の陸華仙で保護されるべきであり、実際に鬼門組の誰もがそれを強く推奨した。
故に、哲郎達がこの場所に居るのは自分達の意思で決定した事である。その理由は
「・・・・・・・それで、凰蓮さんはどんな状態ですか?」
「昨夜知りおうたばかりじゃと言うのに早速其れか。
結論から言うと、負傷は大きいが死にはせん。
「・・・・・・・そうですか。」
蕺喬の発言が示す出来事は、臟との戦いが決した直後まで遡る。
臟の死を確認した後、哲郎達の意識は真っ先に凰蓮へと集中した。臟に手ずから引導を渡した後、凰蓮は意識を取り戻さなかった。その一撃に残る体力の全てを使い果たしてしまったのだ。
その場に居た全員、特に哲郎は恐慌状態に陥った。鳳厳や臟に続き、凰蓮までもが自分の眼前で死んでしまうと考えたからだ。
その時に戦場跡に現れた人物こそが蕺喬である。言うまでもなく、彩奈が《転送》の能力によって連れて来たのだ。
彼女は凰蓮の状態を一目見て瞬時に状況を把握し、持っていた糸で瞬時に首の傷を縫合した。それは哲郎の素人目にも、掛け値なしの神業に映った。
「全く、彼の阿呆も性懲りも無く無茶ばかりするものよ。或いは九年前の初めて会うた時よりも酷いやもしれん。
其れに付けても目を見張るのは虎徹の妖術じゃ。完全に頸動脈からの出血を止めておったからな。」
「そうですか・・・・・・・!」
蕺喬の話を聞いて、哲郎はその表情を少しばかりではあるが緩めて行った。一先ず凰蓮が死ぬ危険性はないという実感が、心の重圧を多少なりとも軽くしているのだ。
「して哲也、
・・・・・・・否、田中哲郎よ。多忙な妾が態々此処迄出向いた理由は分かっておろうな。」
「はい。臟の事ですよね。」
哲郎は臟との戦いが終わった後、自分が《転生者》田中哲郎である事を鬼門組の面々に明かした。既に臟が死体として回収された以上、隠し通せる筈は無いという判断だ。
両断された臟の死体は蕺喬が回収し検査を引き受けた。その表情が既に検査を終えている事を語っていた。信じられないものを見たという表情をだ。
「・・・・・・・妾とて、決して短くない時間此の国で医療の頂点に立っておる。手前味噌にはなるが、毎日のように命を救い、人体を調べているという自負がある。
其の妾を以てしても、こういう他に無い。『あんな生き物が存在したのか』とな。」
「!!!」
臟の肉体は、その外見だけでも口の付いた生きた心臓という、生物として成立しているとは思えない異形である。
その臟の肉体の前には《転生者》だから、能力があるからという理論すら心許無いものである。《適応》の能力によって何度も致命傷から蘇ってきた哲郎がそう考えたのだ。死体を検査し、その内部構造を見た蕺喬ならば尚更だろう。
「して、確かなのじゃろうな。其の
「それは間違いありません。鬼門組の人達が、鳳厳の死体や、その根城から廠桓という人の死体を見つけています。
何より、凰蓮さんが目を覚ませば証言してくれるでしょう。」
「・・・・・・・違い無いな。此の国において彼奴の発言を疑う者など居る筈も無い。」
哲郎の言葉には、蕺喬が決して凰蓮を死なせる事は無いという強い確信があった。それを理解したからこそ、蕺喬はそれ以上何も言わなかった。