哲郎と蕺喬が互いに顔を合わせてからはまだ十数時間、睡眠時間を差し引けばほんの数時間しか経過していない。
しかし、哲郎にとっては一度顔を合わせ互いの情報を開示した人間と言葉を交わすなど造作もない。それは臟の情報を引き出す為には必要な事だった。
「因んで言うと、彼の物の怪の身体は切開おったが故、其の内臓までもを詳細に検査しておる。聞いておくか?」
「・・・・・・・いえ、大丈夫です。きっと聞いても分からないと思いますから。」
蕺喬は人脈や血縁などの力を借りず、その実力だけで帝国の医療の頂点に立った傑物である。
言うまでもなく、彼女の頭脳には常人では理解の範疇の埒外にある程の知識が詰まっているだろう。その彼女が語る事もまた、哲郎にはその一割すら理解出来ないだろうと考えた。
しかし、哲郎は蕺喬の話を聞いて何も考えていない訳では無かった。哲郎は自分の腹部に手を当て、自分の体内の事を考えていた。
哲郎は《適応》の能力によって幾度も致命傷から蘇っている。その事実自体には掛け値なし感謝をしている。
しかし、どうしようもなく考えてしまうのだ。果たして《適応》を身に付けた自分の肉体は、人間としての原型を保っているのか、という事を。
(・・・・・・・いや、そんな事考えても何にもならない。僕は生きて、寝て、ご飯を食べて、こうして人と話している。それが人間でなくて何なんだ・・・・・・・!)
「院長! 蕺喬院長!!」
『!』
話をしている哲郎と蕺喬に、白衣に身を包んだ若い男性が声を掛けた。言うまでもなく彼はこの大病院《蕺》に勤務する医者である。
「此方に居られましたか! 総監殿が、凰蓮総監殿が目を覚まされました!!!」
「!!」
凰蓮が目を覚ました。その発言を耳にした瞬間、哲郎は半ば反射的に椅子から立ち上がって駆け出していた。凰蓮が治療を受けているのは《蕺》の最下層、帝国における重要な役職に就いている人間が治療を受ける為の部屋である。
「!!? 君、何をしている!? 止まりなさい!!」
白衣の男が哲郎を制止しようとしたのは、哲郎が限られた人間にしか自分の情報を明かしていないからだ。それは帝国に必要以上の混乱をもたらさない為であったが、ここでその弊害が出た。
「否構うな!! 妾が全て許す!!!」
『!!』
しかし、その制止も蕺喬の一言で止められた。この《蕺》において彼女の言葉は何よりも強大な力を持つ。背後から聞こえたその言葉に感謝しつつ、哲郎は更に力強く走った。
***
結局の所、蕺喬が共に立ち会うという条件付きで哲郎も凰蓮の病室に入る事を許可された。
病室の大半を占める大きな
「・・・・・・・哲郎さん、何から話していいか分かりませんが、先ずは我々に協力して下さりありがとうございます。
特に私が気を失っている間、尽力してくれたと聞きましたよ。」
「! いえいえ、そんな大した事じゃありませんよ。ほとんど戦う事も無かったですし。」
凰蓮が言っているのは臟が死んだ後の事だ。臟が死に、血液の能力が消滅した結果、その場に居た犯罪者の男達は臟の血液の呪縛から解放された。
しかし、抵抗しようとする者は皆無と言って良かった。犯罪者として捕えられる事よりも、何者かに無理矢理操られていたという恐怖とそれから解放されたという歓喜が勝った結果だ。
「後、先に言っておきますが私の事も鳳厳の事も気にしないで下さい。
帝国を守る為には、命懸けで戦う必要があり、明日の命の保証もありません。それは私だけでなく、鬼門組で働く全ての人間が理解している事です。
鳳厳もまた然りです。初めて会った時に言ったかもしれませんが、彼は最早私の友などではなく、唯の悪人なのです。故に、こうなる事は最初から決まっていたのですよ。」
「・・・・・・・・・・・・・・!!!」
哲郎は凰蓮の言葉が自分の心を気遣って発せられている事を理解していた。
臟に止めを刺したものの、この戦いに勝利出来たのは哲郎達の果たした役割が大きい。仮に鬼門組だけで望んでいたら、全滅していた可能性もあった。
ならば今の自分に出来るのは哲郎の心の負担を少しでも軽くする事だ。その為に話しているのだ。
「・・・話は変わりますが、後数時間もすれば他の人も目を覚ますでしょう。その後は国を出るのですか?」
「えっ? それはそうですね。臟を倒して、取り敢えず危険は去った訳ですから。それにこの事を待っている仲間の人達にも伝えなければいけませんし。」
「・・・・・・・そうですか。では其の出国、数時間だけ待ってはくれませんか? 貴方に会って欲しい人が二人居るのです。」