大病院《蕺》で朝を迎えてから数時間後、哲郎達は場所を陸華仙に移動した。無論の事、眠りから覚めた虎徹と彩奈も同行している。
十数時間ぶりに陸華仙に立ち入った哲郎には様々な感情が向けられた。しかし哲郎の意に反して、その感情のどれもが哲郎への感謝や安堵の言葉だった。
哲郎にとってはいくら帝国を守る為という崇高な目的があったとしても、独断で鬼門組の捜査に介入した事は紛れも無い事実である。その為に鬼門組の面々から非難を浴びる事を多少なりとも覚悟していたが、そうはならなかった。
それ以上に、臟という帝国を狙う悪しき存在と鳳厳の死、そして凰蓮が死なずに済んだという事が彼等の脳内を占めているのだ。
それは哲郎への感謝であると同時に、哲郎の行動を非難している場合では無いという事でもあった。
何故なら陸華仙の中は戦場という言葉が相応しい程に立て込んでいたからだ。鳳厳こそ死なせてしまったものの、彼の下に居た犯罪者達は殆ど確保したのだから、その事後処理が増えるのは当然の道理である。
にも関わらず、哲郎は陸華仙の中にある面会室に案内されて座っていた。そのような行動が許されているのは他でも無い、凰蓮が指示したからだ。
(・・・・・・・もうすぐ十五分か・・・・・・・)
苺禍に連れられた哲郎は面会室の椅子に座り、壁に掛けられた時計に目を向けた。しかし座って待つという事に一切の感情の動揺は無かった。
自分がこれから誰と話すかは事前に分かっているし、何より待っている間に考える事は山のようにあったからだ。
苺禍に付いて行く途中で一人の女性に出会った。その女性は哲郎と面識があり、鳳厳と大きな因縁のある人物だ。
その女性は名を《
寅虎は両親を鳳厳に殺されている。寅虎が武道会に出場した理由は己の武を世間に証明し、鬼門組に入る事だった。それは彼女にとって鳳厳を手ずから倒す事と同義だった。
(寅虎さんのあの表情、僕にはかける言葉が無かったな・・・・・・・・・・・・・・)
哲郎と寅虎の再会は僅か数瞬、ただすれ違っただけである。しかしその際に見せた彼女の表情が哲郎の脳裏に焼き付いて離れなかった。
陸華仙に居るならば、当然の理として寅虎もまた鳳厳の死を知っている。そしてその犯人が、或いは鳳厳以上の悪党であり、哲郎がその事件の収束に大きく関わった事を知っている。
すれ違った時に見せた寅虎の表情は様々な感情が入り交じっているように見えた。
或いはそれは両親の仇が死んだ《喜び》のように見え、また或いはそれは自分の手で決着を付けられなかった《悔恨》のように見え、また或いはそれは哲郎に対する掛け値なしの《感謝》のようにも見えた。
しかしそれは哲郎の根拠の浅い憶測に過ぎない。哲郎には《読心》のような能力など無いし、たった十年近くしか生きていない自分が誰かの胸中を正確に理解するなど不可能な話だった。
「・・・・・・・フゥ━━━━━━━━。」
哲郎は徐に両目に手を当て、そして息を長く吐いた。その息の中によってそれまでの緊張が纏めて吐き出されたようだった。
(四日間だ。この四日間、本当に色々な事があったな・・・・・・・・・・・・・・。)
三泊四日。それが哲郎達が鬼ヶ帝国に居た時間である。
その短い時間の中で、哲郎は様々な人間と出会い、数々の戦いを経験し、そして目に見えて成長を遂げた。この国での出来事の全てを詳細に語るならば、数週間を要するかもしれないという、そんな詮無い事を考えていた。
しかしその思考も、突如として中断された。この面会室に来た目的の始まりを告げる、扉を開ける音が哲郎の耳朶を叩いたからだ。
「入れ。」
「!!」
苺禍に連行される形で一人の女性が面会室に入ってきた。(ドラマでの情報だが)哲郎の元居た世界と同様、面会室は透明な壁を隔てて人々が机に座る構造となっている。
その向こう側に入って来たのは黐詠だった。鳳厳を育ての親に持ち、鬼門組と敵対した彼女がここに居る理由は、臟との戦いが終わった際の事後処理にある。
臟の血液の呪縛から解放された彼女は意識を失っている所を鬼門組に捉えられた。しかし意識を取り戻してからも抵抗らしい抵抗を見せなかった。彼女もまた鳳厳の死を知っているのだ。
「面会時間は最長で二十分だ。総監の指示と言えどもそれ以上は取れない。」
「そんな時間なんか要らない。私が聞きたいのは一つだけだから。」
『!』
黐詠は哲郎の前に座るや否や、開口一番にそう言った。次の瞬間に哲郎に投げ掛けられた問いはやはり哲郎の予想通りであり、そして彼の胸に深く突き刺さるものだった。
「言っとくけどあんたに恨みは無い。パパを殺したのは別のヤツだって分かってるから。
だから一つだけ答えて欲しいの。パパは、どんな最期だった?」