黐詠
彼女は哲郎にとっても因縁深がらぬ人物である。哲郎と彼女が初めて会った場所は、哲郎が捉えられた鳳厳の根城。二人がその様な場所で出会った理由は一つ、黐詠が鳳厳の
と言っても黐詠は鳳厳の実の娘ではない。仮に血縁関係にあるならば鳳厳の情報を血眼になって探していた鬼門組が彼女の存在に気付かない筈が無い。彼女は鳳厳に育てられた女性なのである。
その彼女は今、鬼門組最高機関 陸華仙に拘留され、その面会室で哲郎と対面している。その理由は他でも無い、鬼門組に敵対したからである。
力不足を自覚していても、黐詠は哲郎や凰蓮と敵対し、その後、臟に操られて彼の傀儡となった。臟との戦いが終わり、彼女は今、鬼門組に身柄を拘束されてここに居る。
その黐詠は開口一番、哲郎に問い掛けた。父の、鳳厳の最期はどのようなものだったのか と。
「・・・・・・・鳳厳の最期、ですか・・・・・・・!!」
人との会話に手馴れている哲郎が言葉を濁した理由はその話題が哲郎の心の傷に関わっている事に加え、自分の口から答えてもいいものか判断しかねたからである。
しかし、黐詠の後方に座った苺禍が首を縦に振った光景を見て、話す事を決めた。これを話す事は自分の力不足を露呈する事だが、甘んじて受け入れるしか無かった。
「・・・・・・・分かりました。その前に一つ答えて下さい。昨日の事を、どこまで覚えていますか?」
「・・・・・・・あんたに負けて、その後、一人の男に会ったのよ。そして気付いたら、森の中に倒れてた。」
(廠桓の事か・・・・・・・!)
「そうですか。ではその後の事から話します。」
哲郎は話した。
鳳厳の他に、臟という凶悪犯が居た事。臟には血液で人々を操る能力がある事。臟は廠桓の肉体を乗っ取っており、同一人物である事。黐詠も臟に操られていた事。臟が今度は黐詠の身体を乗っ取ろうとした事。
そして、鳳厳が黐詠を守り、臟に乗っ取られて命を落とした事を。
その話を聞いている中、黐詠の表情は目に見えて険しくなって行った。既に知っている事とはいえ、父と慕う人間の死に様を詳細に聞かされたのだから当然の事である。
「・・・・・・・今の話、全部本当なのよね?」
「はい。鳳厳の遺体、鬼門組が回収したと思いますが、確認しましたか?」
「直接は見てないけど、話は聞いたわ。心臓が無くなっていたのが、その臟ってやつの仕業なのよね?」
「はい。後、背中も裂けていたと思いますが、それは僕がやった事です。そうでもしなければこの国を救う事は出来ませんでした。」
哲郎の話を聞き終えた黐詠は瞑目し、天を仰いだ。哲郎の目にはそれが己の感情を整理し、そして押し込める為の動作に見えた。
まだ鳳厳の死を知ってから数時間も経過していない。加えてその仇は既に死んでいる。今彼女は感情のぶつける先を見つけられずにいるのだ。
「・・・・・・・そう。話せて良かった。
最後にもう一つだけ聞かせて。 パパは、死んで良かった人間だったと思う?」
「!!
・・・・・・・それは僕には分かりません。鳳厳が起こした事件の事とか、凰蓮さんとの事とか、臟の事とか、知れば知る程何が悪かったのか分からなくなって・・・・・・・。
ただ一つ言えるとすれば今の質問、少なくとも一人は『はい』と答える人を、僕は知っているという事です。」
「・・・・・・・そう、よね。分かったわ。
面会を終了します。房に戻ります。」
黐詠はそう言って立ち上がり、面会の終了を宣言した。直後、面会室に一人の女性が入り、慣れた手付きで腰縄を縛り、黐詠を連れて行く。
哲郎にはそれが黐詠との今生の別れのように感じられた。
苺禍が言うには今回が初犯という事もあって、実刑は免れないだろうが数年の服役で済むだろうとの事だった。しかし哲郎には根拠無く、もう二度と彼女と会う事は無いだろうと思えたのだ。
その苺禍が哲郎の居た方の部屋に入り、退出するように促した。哲郎も面会が終わり、ここに居る理由もないので従った。
それ以上に、哲郎にはこの後に予定があった。今回の黐詠との面談以上に重要で、そして、緊張を伴う予定だった。
*
黐詠との面談を終えた哲郎は苺禍に並行して陸華仙の廊下を歩いている。凰蓮が言った哲郎に会って欲しい人間の二人目に会いに行く為だ。
「・・・・・・・門を出た所に馬車を用意してあるからそれに乗るんだ。
分かってはいるだろうが、いくら総監の指示とはいえ、あの場所に子供が立ち入るなど前代未聞だ。
私はそうでなくとも、君を余所者と決め付ける人間も居るかもしれない。それが分かってても行くんだな?」
「・・・・・・・はい。」
苺禍は知らない事だが、哲郎にとってこれから行こうとしている場所は初めて行く場所ではない。哲郎は虎徹と、彩奈と共にその場所に潜入している。
逢魔ヶ宮殿。それが哲郎達が行こうとしている場所の名前だ。